第47話 英雄について

 イツキの目の前には大きな槍を持った騎士がいた。


 ただ立っているだけで分かる、圧倒的存在感。

 おそらくカンストしたであろうイツキのレベルであっても、彼の足下には届かず、戦えば一瞬で敗北する未来が待っているだろう。


 ゴクリと、緊張で自分の喉が鳴る。

 迷宮の先にいる以上、この騎士こそこの階層の守護者で、そして戦わなければならない敵。


 ――俺は、ここで死ぬのか?


 そう思った瞬間、騎士が槍を持たない腕をゆっくり前に出し――。


「待ってたぜイツキ!」


 騎士は明るい声でいきなりサムズアップしてきた。


「……は?」

「お前は超優良株で他の神たちと殴り合いまでしてに手入れたのに、これでここまで辿り着けずに死んだらどうしようかと思ったが……いやー良かった良かった!」


 敵意はなく、むしろ旧友にあったようなテンション。


 いきなりまくし立てるように言葉を紡ぐ騎士に、イツキは戸惑うしかなかった。


「お前は、なんだ?」

「見りゃわかるだろ?」

「わかるか!」


 この世界に来て、殺伐とした生き方をしてきたイツキはあまり声を荒げてツッコミを入れることは少なかった。

 人間性を維持していると壊れてしまうと、無意識にブレーキをかけていた結果だ。


 しかしどうもこの男の前では、かつて日本で生活をしていたような『素の自分』が表に出てしまう。


「ああそうか。兜で顔隠してるもんな!」


 そうして全身鎧の甲冑を斬った騎士は、その兜を取る。

 

「どうよ!」

「どうよって言われても……」

 

 魂が抜けてしまいそうなほど美しすぎる美貌の男だった。

 年齢は二十歳ほどか。


 紅い短髪を炎のように掻き上げて、長く戦ってきた戦士特有の鋭さと生来の明るさが混じり合ったような瞳。 

 首元には極限まで鍛え上げられた肉体の一部が見え隠れし、それでいて線の細さはあらゆる女性を魅了することだろう。


 そしてなにより、その存在感が放つカリスマ。

 なんとなくイツキの目には、少年漫画の主人公が力強く成長した姿、という表現がぴったりと嵌まった。


「な!」

「だから、そんな風に分かるだろって雰囲気でアピールされても名前なんて……」


 ふと、目の前の青年を一言で言い表すなら、と思ってしまった。


「アレス、か?」

「さすがだぜ相棒!」


 イツキがそれを当てたからか、青年――アレスは嬉しそうに笑う。


「俺の名はアレス! 人に光と武勇を与える勝利の戦神だ!」

「勝利?」

「おう!」


 イツキは決して神話に詳しいわけではないが、それでもアレスという名は知っている。

 オリュンポス十二神の一柱で、主神ゼウスの息子。


 ――たしかアレスって、結構負ける神だったような……?


 とはいえ、目の前の存在の圧倒的な強さを感じる限り、敗北する未来は見えない。


 神というのもあながち間違っていないないだろうと思う程度には、力の差を感じ取っていた。


「っていうか、相棒って?」

「おっと、そういえばそこから説明しないといけないんだったな。まあちょっと長くなるし、椅子にでも座ろうぜ」


 そうして、何も無かったはずの空間が突如割れる。


 豪奢な絨毯の上に置かれた柔らかそうなソファに、一目で高級だと思われる家具の数々。

 貴族の豪邸の応接間のようなそこは――。


「俺の屋敷?」

「ああ、まあ再現しただけだけどな。まああんまり気にすんな。ここは『そういう場所』って思ってれば良いと思うぜ」


 あまりといえばあまりにも強引に進めていくが、そもそも先を聞かなければ何もならない。

 そう思いイツキは素直に座ると、何も無いところから突然紅茶が現れた。


「……」

「まあ空腹とかも無いと思うけど、こういうのは雰囲気が大事だからな」


 そうして、気付けば甲冑を脱ぎ捨てて、白を基調そした戦装束のような格好にマントという軽装に変わったアレスが目の前に座る。


「それで、色々と聞きたい事があるんだが――」

「おう、何でも聞いてくれ!」

「あ、ああ……」


 こちらはいつ彼が襲いかかって来るんじゃないかと緊張しながらだというのに、なんとも軽い。

 真剣な自分が馬鹿みたいな態度だ。


 さて、イツキと考える。

 正直、あまりにも聞きたい事が多すぎて、逆になにから聞いて良いかを迷ったのだ。


「それじゃあアレス。まずこの迷宮っていうのはなんだ?」

「英雄を生み出す場所だな」

「英雄?」

「ああ! そうだな……えーと、こんな感じか?」


 突然目の前の焦点が合わなくなったアレスがああでもない、こうでもないとブツブツ言い始め、少し離れた場所が荒廃した大地となる。

 

 完全に破壊されつくされた神殿は壊れ、空は血のように紅く、この世の終わりのような世界。


「……」

「お、今度はあんまり驚かないんだな」

「驚くより、言葉が出なかっただけだよ……」


 終末の世界、というべき場所を見て、そのあまりにもリアル過ぎる光景に吐き気すら感じた。


「まあこれは『今』の世界じゃないからあんまり気にしないでくれ!」


 そうして再び屋敷に戻り、再び空間が変わる。

 今度は多くの人間と魔物たちが『戦争』をしているど真ん中に。


「んでまあ、英雄っていうのはこいつらみたいに、世界の未来を守るやつらのことだ」


 アレスによって英雄と呼ばれた戦士たちは、次々と死んでいく。

 魔物を殺し、魔物に殺され、戦争なのだから当然なのだろうが、しかしそれはあまりにも無慈悲で――。


「……こんなのが『英雄』?」

「おいおい相棒。世界のために戦って死んでるやつらをこんなの呼ばわりはなしだぜ」

「いや、でも……」


 それは、イツキがかつて経験した奴隷となんら変わらない、命の軽さだった。


「まあ確かに言いたいことは分かる。けどよ、俺は命の輝きを燃やして戦う男が好きなんだ」

「……俺もこんな風に、死ねってことか?」

「え? いやいや、相棒は特別だし、死なれたら俺が困るんだけど」

「……」


 この男、さては説明が下手だな、とイツキは思った。


「俺と、この英雄たちの違いは?」

「俺がいるか、いないかだ!」

「もう少し具体的に」


 どこぞの自信家みたいな言い方は止めて欲しい。

 

「まあ神に選ばれたかどうかってことで、たとえば相棒なら俺と、あとお袋に選ばれてるだろ?」

「お袋って……ヘラか」

「ああ。なんかまだ会うのは恥ずかしいから任せるって言われてるんだけど、多分俺よりお袋の方がこういうの合ってると思うんだよなぁ」


 神の割りにどこか人間臭さが半端ない。

 とはいえ、ギリシャ神話の神は人間味があると聞いたことがあったので、こんなものなのかもしれないとも思った。 


「……で」

「ん?」

「英雄って言うのが神に選ばれたのは、つまり加護持ちってことは分かった」


 セレスティアのアテナ、ザナトスのヘラクレス、そしてシャーリーのデメテル。

 どれも聞き覚えのある神の名だが、つまるところ今彼女たちも同じ状況になっていると仮定する。


「お前たち神は、俺たちになにをやらせようと思ってるんだ?」


 そう言った瞬間、アレスは嬉しそうに笑顔を向けてサムズアップしながら口を開く。


「俺たちと一緒に、滅びを迎える世界を救ってくれ!」


 とりあえず、結論から言うのは止めてくれと、イツキはそう思った。

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