第46話 40層突入

 終わりの見えない長い階段を延々と下り続ける。

 何度も罠では無いかと疑いながら、あえて二人組に分かれて距離を測ってみたりもしたが、どうやら普通に繋がっている状態。


 そうと分かれば食料問題もあるため、とにかく前に進んでいくしかない。


 そうして体感で二日間。

 最初の頃、四人はそれぞれの事情を語ったりをしていた。


 ザナトスは元々傭兵団の団長だったが、軍に使い捨てにされそうになったのと機に迷宮都市へ。

 多くの仲間を魔物に殺されながらも、これまでとは比べ物にならない報酬、名誉、そして責任を背負ったことでより強くなれたという。


 セレスティアは亡国の姫。

 四大国家に隠れる形で存在する小国は多く、立場としてはシルヴィアやリズと近い。


 違ったのは、彼女は逃げだし、そしてこの迷宮都市で力を付けたこと。

 もはや今のセレスティアを止められる者はほとんど存在せず、いずれは四大国家すべてを飲み込むつもりだった、と。


 過去形なのは、そんな小さなことよりも迷宮を踏破したいという意思の方が強かったから。


 シャーリーは以前話した内容の通りだ。

 仇を討ち、今回の探索を終えたら仲間の墓に報告行くらしい。


 イツキは自分が記憶喪失だということで、セレスティアやシャーリーとの出会いを改めて話したりした。


 彼の異常性についてはここの全員が気付いていたが、誰もそれを追求しない。

 

 ――このメンバーになら、話しても良いんだけどな……。


 そう思う程度には、三人のことを信頼していた。

 好きとか嫌いとかではない。

 このメンバーはきっと、自身の信念の下に動いているからこそ――。


「……光だわ」

「え?」


 唐突にセレスティアが呟き、少し降りるとイツキにも光が漏れていることに気がついた。


 さすがにこれ以上は食料的にも不味い、と思っていた中での光景は、いかに歴戦の戦士であった面々でも高揚せずにはいられない。


「一度ここで休息を取りましょう」


 そんな中、シャーリーが冷静に言う。

 かつて仲間を全滅させられた彼女は、この迷宮の恐ろしさを誰よりも知っていた。


 だからこそ、ここから先の行動も話し合う必要があると全員を引き留めたのだ。


「まずザナトスさんと私が入ります。セレスティアさんとイツキさんはここで待機」

「そうだな。入ってすぐ罠にはめられる、ということも十分あり得る」

「わかったわ」


 この辺り、これまで未知の場所を探索してこなかったイツキには分からない。

 だからこそ、ベテランの三人に任せることにした。


 まずザナトスとシャーリーが入ってから、十分ほど探索してもらう。

 そして二人が戻ってきたら本格的に四人で進むことになった。


 この40層は守護者のフロア。 

 そこまでにも魔物はいるだろうが、よほどの事が無い限りこの二人なら大丈夫だろう。


「気をつけなさい。これだけ階段を降りてきたということは、それに見合った魔物がいるかもしれないのだから」

「ああ。わかっている」


 二人を見送り、イツキは内心でどうかを考えていた。


 レベルがあり、ステータスがあるゲームのような世界。

 明らかに階層に見合っていない強さの黒騎士でさえ、きちんとレベルを上げた四人であれば勝つことが出来た。


 確かにここが40層というには異常に降りてきたが、それでも急に魔物の強さが上がるのは、違う気がした。


「貴方はどう思う?」

「この迷宮は、人がクリア出来るようにできてると思う。だから、絶対に無理な魔物が出てくることはないんじゃないかな」

「そうね。ここを神の試練、なんて呼ぶ人も居るけど、貴方の言う通りだと思う」


 神の試練――。


「神の加護を手に入れられるとかも、そうと言えばそうだよな」

「……ええ。長くこれについては調べてきたけど、手掛かりは掴めなかったわ」

「そういえば、セレスティアのアテ――」


 そう言おうとして、彼女が誰にも加護のことを語らなかったことを思い出した。


「ああ、貴方は人の加護が見えるんだったわよね。それも手掛かりの一つになるのかしら」

「隠してたんじゃ無いのか?」

「見えてる人に隠すほどじゃないわ。そもそも私のアテナは、どの記述にも載っていない神なのだから」

「アテナも?」


 実は、イツキの持つアレスとヘラの加護もそうだった。

 ギルドでいくら調べてもなにも分からず、そんなものかと思っていたくらいだ。


「私だけじゃないわ。ザナトスのヘラクレス、そしてシャーリーのデメテルもよ」

「それって……」

「珍しい話じゃないわ。特にトップクラスになれてる冒険者のもつ加護は、そういうこともよくあるの」


 イツキからすれば、それはギリシャ神話の神々だからか? と思ったりもした。

 とはいえ推測で物を言っても仕方ないし、なにより自分の言葉はこの世界の人達には通用しないものだと言葉を飲み込む。


「二人とも、とりあえず当面の危険はなさそうだ」

「それどころか、罠も魔物もいないみたいですー。ですけど……」


 そんな会話をしていると、ザナトスとシャーリーが戻ってくる。

 しかしシャーリーの言葉はどうにも歯切れが悪い。


 イツキとセレスティアはその言葉に従い、40層に踏み入れる。

 広々とした空間。


 それだけだった。


「これは……

「まあこんな感じで、なにもないんですよねー」

「ここが迷宮のゴール、なのか?」


 まさかの結末。

 これで終わりなのか? とイツキが思って口に出してしまったが、他の四人はそうは思っていないらしい。


「調べるわよ」

「ええ。こんなところで、終わりなんて許せませんしねー」


 仲間を殺され、多くの人間たちを喰らってきた大迷宮ユグドラシル。

 長年攻略し続けてきた彼女たちにとって、こんな終わりは許せそうに無かったのだろう。


 徹底的に調べてやる、という気持ちで居ると、不意にイツキの身体が熱くなる。


「がっ、これ、って……」


 見れば、他の四人も全員うずくまっていた。

 どうやら同じような状況になってしまったらしい。


「あつ……い」


 耐えられる熱さではない。

 徐々に目の前が暗くなっていき、意識が失われていく。


 そして――。


「ここ、は?」


 気がつくと、まるで宇宙のような青い空間。

 そう言う意外に表現が出来ない場所にイツキは立っていた。


「セレスティア! シャーリー! ザナトス⁉」


 周囲には誰もいない。

 声も響かない。


「なんだここは?」


 異質な場所だとしか言えず戸惑っていると、不意に目の前にうっすら空間の歪みが発生する。

 そして、そこから生まれたのは一人の戦士。


 巨大な槍を持った男は、嬉しそうにイツキのことを見ていた。

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