第45話 階段
「貴方……」
黒騎士に斬られたはずのイツキを見たセレスティアは、心配そうに近づく。
しかしすぐに『怪我一つない』姿を見て、視線を逸らす。
「……すぐに下に降りるわよ」
守護者でもなく、通常の魔物でもないユニークモンスターとでも言うべき黒騎士。
迷宮都市でも最強の四人で戦いようやく倒せた相手だが、再び現れないとは限らない。
倒したことで盛り上がるよりも、次の行動をするべきだと判断したのだ。
その言葉に従い動き出すイツキだが、ふとシャーリーを見ると、彼女は憑き物が落ちたような表情でぼうっと破片となった黒騎士を見つめていた。
「終わったんですねぇ……」
「シャーリー……」
家族とも言える仲間を皆殺しにした、彼女にとって最悪の魔物。
それを倒したことで、彼女にとってどういう影響を与えたのかはわからない。
ただ今は、感傷に浸る前にやらないといけないことがある。
「行こう。俺たちの目的は、40層のクリアだ」
「……はい」
そうしてこの迷宮都市で、ありとあらゆる冒険者たちの壁として立ち塞がった黒騎士を超えて、四人は階段を降りる。
降りて、降りて、ふと下を見ると階段が長いことに気がついた。
「これは、どういうことだ?」
ザナトスがそう疑問の声を上げ、その場の全員が瞳を鋭くする。
たしかに迷宮の天井は高く、たとえば20層から29層のように青空を模しても気付かないほどの高さがあった。
しかしそれでも、せいぜいが数十メートル程度。
対してこの階段は、まるで地獄の底へ招待されているかのように、先すら見えないほどずっと続いていた。
「これは、俺たちの仮説が正しかったってことでいいのかもな」
「そうね……」
イツキは自身のレベルがカンストし、それでも一人では絶対に勝てない黒騎士が現れたことで、迷宮の終わりが近いんじゃ無いかと予想した。
セレスティアもその可能性について言及していた。
そしてそれを裏付けるかのように、明らかに深くまで誘うこの階段。
「この先にいったい何が待っているのか……面白いわね」
「迷宮の終わりか……その可能性を考えたことがなかったな」
ザナトスとセレスティアは、イツキとは比べものにならない時を迷宮攻略に費やしてきた。
だからこそ、この状況に興奮していることが分かる。
二人は階段を降りて下層に向かう事に対して恐怖などはないらしい。
イツキもまた、これまでの経験から怖いと思うことはないが、それでもないか特別なことが起きるのでは無いかと思うと、少し緊張する。
「一度、退路がちゃんとあるか確認してくる」
もしかしたら、イツキは戻ってきた階段を一気に駆け上がった。
突然この異世界に放り出されるなど、滅茶苦茶なことも経験したため、警戒がしたのだ。
幸い、降りてきた分と同じだけ上がると39層が見えたので、万が一何かがあっても撤退は出来ることがわかった。
「良かった……」
ホッとしたイツキは、少し急いで階段を降り、こちらを心配そうに見上げる三人と合流する。
そうして改めて、底の見えない階段をただただ降り続けた。
「……」
「……」
「これ、本当にどこまで繋がってるんでしょうね……」
途中で休憩を挟み、体感で半日以上降り続けたというのに一向に出口が見えない。
「さすがにこれは予想外だ……それぞれの持つ食料のことも考えても、どこかで一度撤退を考えないと」
「まさか、このような黒騎士を倒した後でこのようなことが待っているとはな……」
強力な魔物が現れても倒す自身はあった。
だがしかし、こればかりはどうしようもない。
「最悪、ここで寝ることも考えないと、か」
迷宮の壁はうっすらと光、全く足下が見えないというわけではない。
しかし上を見ても下を見ても先が見えないというのは精神にくるものがあった。
「あははー、寝返りなんて打ったら、永遠に落ちちゃいそうですねー」
「本当に、洒落にならんな……」
階段に座り込み、休むことは出来る。
だが睡眠を取ることも考えると、シャーリーの言葉は本当に洒落になっていなかった。
「とはいえ、寝ないわけにもいかない。幸い魔物は出てこないみたいだし、二人一組で順番に休みましょう」
「落ちそうになったら助ける係か……」
「ええ。それくらいしないと、安心して寝れそうにないわ」
セレスティアの提案で、まずはシャーリーとザナトスが休み、その次にイツキとセレスティアが休むことになった。
凶悪な魔物と戦い生き延びてきたというのに、階段に落ちて死ぬなんて間抜けなことにはなりたくないのは全員一致のことだろう。
二人はあまり大きくない階段に横になる。
細身のシャーリーに比べて、体格的にもがっしりしているザナトスは窮屈そうだ。
とはいえ、しばらくすると寝息が聞こえてきたから、休むのに良い体勢を見つけられたのだろう。
寝ている二人が落ちないように、少し下で座り込む。
そうしてこの迷宮について考え込んでいると、不意に隣に座るセレスティアが口を開いた。
「……貴方、本当に大丈夫なの?」
「え?」
「黒騎士に斬られたでしょ?」
「……」
イツキはこの世界で怪我をしても、HPが減るだけで怪我をすることはない。
そしてその事実は、不思議とこの世界の人間には『認識』出来ないことも知っていた。
――改めて、異常だな。
このゲームのような世界で、自分だけがどこか違う。
そんなこと最初からずっと分かっていたことだが、こうして命がけで戦っている彼女たちと共に戦い、ほんの少しだけずるいな、と思ってしまった。
「見ての通り、加護で得た魔術で治したから、もう大丈夫だよ」
「治した?」
「ん?」
イツキは自分のステータスを確認する。
たしかにブレスによって、減ったHPは全快しており、彼女が何に引っかかったのかわからなかった。
「あのさ、少し気になったんだが、あのときセレスティアの目には、俺はどういう風に見えた?」
これまで聞いたことのなかった質問。
「そうね……私の目には、貴方は『真っ二つ』になったように見えたわ。まあもちろん、見間違えだったんだろうけど……」
「そうか」
――それで生きてたら、化物だな。
そんなことを思いながら、イツキは自分のことを話せるはずもなく、ただ曖昧に笑うのであった。
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