第44話 黒騎士

 黒騎士が剣を構えた瞬間、凄まじい殺気が辺り一帯を充満する。


「っ――⁉」


 これまで多くの魔物と対峙してきたイツキだったが、こうして明確な死のイメージを持ったのは初めてだった。

 

 ――勝てない⁉


 そう思わされて動きが一瞬鈍るのだが――。


「うおおおおおお!」


 大地を震わす咆哮。

 前を走るザナトスの獣のような叫びは、衝撃となって天井の氷柱を揺らして空間に響き渡る。


 その声を聞いた瞬間、イツキを襲っていた殺気は霧散。

 同時に視界が開けた気がした。


「呆けてる場合じゃないわよ!」

「さあ、行きます!」


 黒騎士が動く。

 消えたかと思うほどの動きだが、ザナトスがその巨体からは想像出来ないほど機敏に動いてその剣を受け止めた。


「ぐ、ぬぅぅ……⁉」


 鈍い轟音、そして後退するザナトス。

 直接拳をぶつけ合ったイツキは、彼の膂力を知っていた。

 だがそんな男でさえ、大きく後退をさせられる。


「ぐ、お、お……舐めるなぁぁぁぁ!」


 黒騎士の身体は細身で、どこにそれだけの力があるのかと思うほどの力。

 しかしザナトスは叫びながらもそれに耐え、後退を止める。


「良い働きです!」


 巨体の影から素早い動きで迫るのは、シャーリーだ。

 彼女は両手で持った剣で切りつけると、甲高い音が鳴り響いた。


「っ――⁉ 硬い、ですが!」


 シャーリーの狙ったのは黒騎士の剣。


「私の一撃よりも、この人は重いですよ」

「おおおおおおおおお!」


 ほんのわずかとはいえ、軸のずれたそれは力の分散となり、これまで押されていたザナトスが息を吹き返すように前に出た。


 初めて、黒騎士が押し返される。


『――――!」


 感情などないと思われた黒騎士から、初めて戸惑いのような気配が生まれる。


「恐怖を知っていたか! だが貴様に殺された冒険者たちはみな、その恐怖と立ち向かって戦ってきたのだ!」


 力で押された黒騎士が体勢を整えるために大きく後退する。

 ザナトスの剣が大地を穿ち、その破片が飛び散る中、シャーリーは逃がさないとばかりに黒騎士を追いかけた。


「待てシャーリー! 深追いしすぎだ!」


 ザナトスが叫ぶが、仲間を殺された彼女にとって、この魔物は仇そのもの。

 興奮した様子で迫る様は鬼気迫るものがあるが、今はパーティーを組んで戦っている最中であり、その行動は悪手であった。


「逃がしません!」


 突出した戦力は黒騎士にとっても格好の的であり、顔の見えない黒騎士が笑ったように見える。

 ザナトスとセレスティア、二人の応援が間に合わないうちに剣が迫り――。


「っ――!」

「フレア!」


 黒騎士の剣がシャーリーに迫る中、イツキの魔力が爆発する。

 普段より手加減したそれはあくまで目くらまし。

 二人の間で小さく弾けた魔力は、その爆風で距離を空ける程度で済まされた。


「死になさい!」


 少し遅れて槍をもって迫る小さな影。

 セレスティアの一撃は、とてもその小柄な体躯から放たれるものとは思えないほど鋭く、黒騎士の肩をえぐった。

 

 だが痛覚など存在しないのか、ダメージを受けたまま剣を振るう黒騎士に、再びザナトスが間に入って受け止める。


「もう一発!」


 セレスティアはその隙に頭を狙うが、それは躱されてしまう。

 さらに槍を捕まれて、動きを止められてしまう。


「こいつ⁉」

「この、化物が⁉」


 片腕でザナトスを剣で押さえ込み、もう片方の腕でセレスティアの槍を押さえ付ける。

 迷宮都市最強の二人を相手取り、それでも押し切れない。


「その状態なら、もう避けられませんよ!」


 再びシャーリーが攻める。

 両腕が塞がった状態であれば黒騎士に出来ることは無いと、そう判断したからだ。

 しかしその判断は間違っていた。


 セレスティアを槍ごと持ち上げ、そのまま振り切ったからだ。


「こ、こいつ――私ごと⁉」

「きゃ――⁉」


 二人揃って遠くに投げ出され、悲鳴を上げる。

 さすがにザナトスを相手にしながら追撃は出来ないようだが、これで一対一。


「デス!」


 上空からイツキの放った魔術が死神となり黒騎士を襲う。

 絵面としてはあまりにもダークなそれだが、あっさりと切り裂かれて足止めにもならない。


 ――だけど、それで十分。


「ぬおおおおおお!」


 再びザナトスが黒騎士を押し返す。

 わずか一瞬の隙すら逃さないのは、彼が超一流の戦士だからこそだろう。


 ザナトスの剣が、ついに黒騎士の剣をその手から弾く。

 体勢を崩し、徒手空拳となったとなればさすがにもう脅威などどこにもない。


 そう判断し、一気にザナトスはその剣を横薙ぎに振り切った。


「やはり硬いが、これで――!」


 空中を舞い、身動きなど出来るはずもない。

 そしてザナトスが振り切った先には二人の女性が待ち構えていた。 

 

「これで……」

「終わりです!」


 セレスティアの槍がピンポイントでその腹部を貫き、シャーリーの剣がその首を切り落とす。

 カランと落ちるヘルム。


 そして崩れ落ちる黒騎士。


「はぁ、はぁ、はぁ。やった。みんな、ついに私は……」

「シャーリー! 避けなさい!」

「え――?」


 突如、首を斬られ動くはずのない黒騎士が何事も無かったかのように立ち上がり、その手には黒い瘴気で生み出した剣が握った状態でシャーリーに迫る。

 

 いち早く気付いたセレスティアが警告をするも、仲間の敵討ちが出来たのだと心に隙が出来た状態の彼女は、その動きについて行くことが出来ず――。


「あ……」

 

 首なし騎士の剣が、彼女を貫こうとした。


「シャーリー! どけぇぇぇぇ!」


 先に気付いていたイツキは彼女を突き飛ばし、そしてその剣は深々と突き刺さる。


「イツキ⁉」

「イツキさん!」

「くっ――⁉」


 パーティーメンバーの三人が悲痛の声を上げる。

 心臓を貫かれて、普通なら致命傷の一撃。

 

 だがしかし、イツキはこの世界において『普通』ではなかった。


「悪いな。これじゃ俺は死なないんだ」


 名前:イツキ=セカイ

 ★LV:50

 HP:230/530

 MP:205/255

 スキル:異界の扉、フレア、ブレス、デス、カース、ポイズン

 加護:アレス

 加護:ヘラ


 一気にHPを半分以上削られたが、それでもこの一撃では死ななかった。


 そして死ななければ、イツキは痛みを感じず動きが鈍ることもない。

 イツキは一度大きくバックステップをして剣を引き抜くと、すぐに魔術を唱える。


「ブレス」


 一気にHPが全快し、さらに前へ。

 感情の薄い首なしの黒騎士でさえ戸惑う中、イツキはその黒く濁った首から鎧の中に腕を突っ込む。


 再び凄まじい勢いでHPが減っていくのがわかったが、そんなものはあとで回復すれば問題無いと、逃げようとする黒騎士を押さえ込む。

 そして――。


「フレアァァァァ!」


 騎士の身体の内側から、全力の魔術をたたき込み、そしてその身体をすべて粉砕しきるのであった。

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