第43話 39層
迷宮都市ユグドラシルの冒険者は強い。
加護という特殊な力を得たというのが一番だが、そもそもこの街にやってくる者の多くは外の世界で名を馳せた戦士たちがほとんどだからだ。
そんな戦士たちでさえ簡単に命を散らしてしまうのが迷宮であり、そして過激な競争の中で最前線に立った冒険者たちの強さは、まさに化物と呼ばれるに相応しいだろう。
「それでも、駄目なのよ」
迷宮第30層の休息地点。
イツキたち攻略メンバーは少しでも体力を温存するため、ここまで戦闘無く進んできた。
そこまでのつゆ払いは『
彼らも最前線で長く戦ってきただけあり、この辺りの階層程度に負けるようなことはない。
おかげでイツキたちはこれまでただ一度の戦闘もなく、進んで来られた。
「第39層で階段を守っているのは黒い鎧を纏った人型の騎士、だったよな」
「ええ。私たちは黒騎士と呼んでいるわ」
「黒騎士……」
「これまで10の階層ごとに現れた守護者。それとは異なる場所に現れたそれは、なんの情報もないうちにこれまで最前線で戦ってきた多くの冒険者が何も出来ずに殺された」
「……」
シャーリーを見れば、顔を暗くして俯いている。
過去に彼女はパーティーメンバーを全滅させられた過去があるから、これからの戦いに対して恐怖を覚えているのかもしれない。
――だからって、ここまで来たらもう退けないよな。
「私とザナトスもそれぞれ戦ってみたけど……あれはこれまでの魔物とは別格ね」
「時間稼ぎをして、メンバーを逃がすので精一杯だった」
イツキは彼らの力を知っている。
どちらもまだ本気は出していないだろうが、それでも間違いなく迷宮都市最強の二人だ。
その二人でさえ、防戦が精一杯だったというのだから、敵の強さは想像している以上だろうとイツキは思った。
「今回みたいに、二人で協力して戦うって選択肢はなかったのか?」
「二人がかりでも、勝てないとわかっていたからな」
「……」
淡々と話すザナトスに対し、セレスティアが唇をかみしめる。
それが答えだったのだろう。
「下手なメンバーは無駄死になるだけだ。だから俺たちは待っていた。シャーリーが再び立ち上がる日を」
「まさかそれまでに、私たちと並んで戦える人間が現れるなんて思いもしなかったけどね」
二人がシャーリーを見る。
彼女は普段のニコニコした様子とは異なって、真剣な目をしていた。
「大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
心配になったイツキだが、彼女の瞳の奥に宿る強い意志を感じて、それ以上の言葉は言わなかった。
「明日から数日、この階層で連携を取るわ。そしてその後、黒騎士討伐をするわよ」
「ああ。わかった」
そうして翌日から三日間、それぞれの特性を理解しつつ役目を決めて挑むことになった。
迷宮第39層。
そこは不思議な場所だった。
他の階層と見た目は一緒だが、明らかに魔物の数が少ないのだ。
「……それに、この空気」
迷宮には10層ごとに特徴がある。
10層までは普通の洞窟といった雰囲気。ほとんどの魔物がゴブリンで、たまに少し大きめな鬼の魔物がいたくらい。
20層からは平原。動物系の魔物がほとんどで、ある意味ほのぼのとした空気すら流れている。
そして、この30層は薄暗い死の世界。
死霊系の魔物が多くねっとりとした空気が常に流れていた。
だがこの39層だけはどこか清廉とした雰囲気なのだ。
「気を引き締めなさい。この空気に惑わされないようにね」
「……ああ」
他の階層と違って、この階層に分かれ道は存在しない。
ただまっすぐ、まるで導かれるように伸びている道を進んでいくだけ。
そして、天井には鍾乳洞のような氷柱が伸びた大広間に辿り着く。
「あれが……」
「そう、黒騎士よ」
ザナトスが、シャーリーが、セレスティアが。
歴戦の勇士たちがそれぞれ武器を構え、緊張した様子を見せる。
それが伝播するように、イツキも手から汗が出ていることに気がついた。
黒騎士は剣を握り、その場に座っていた。
その背後には大きな道が伸びており、その先に40層への入り口があるのだという。
まるで寝ているかのようで、上手く気配を隠せば通れるのではないか、などという甘い希望は持たない。
それをしようとした冒険者たちは容赦なく斬られ、そもそもそれをしたところで戻ってこられなくなるだけなのだ。
「勝って前に進まないと、意味が無いのよ」
「そうだな」
イツキも覚悟を決める。
これまでレベルでゴリ押し出来た敵とは違う。
ここからの戦いは――本当の意味で冒険者としての戦い。
「黒騎士も気付いたか……まあこちらも、隠れる気など毛頭無い」
「ええ。私もこれ以上逃げる気なんてありません。この手で、必ずみんなの敵を……」
まず前に出るのは、巨大な大剣を持ったザナトス。
そして二刀を構えたシャーリー。
その背後にはセレスティアが後詰めとなり、一番後ろにイツキの隊列だ。
「さあ、行くわよ」
「ああ」
黒騎士が立ち上がり剣を構えた瞬間、四人は一気に飛び出した。
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