第42話 覚悟

 かつて引退した最強の冒険者、シャーリーが復活したことは迷宮都市であっという間に広まった。


 さらに最強の冒険者セレスティア、ザナトス、そしてすでにその二人に匹敵する力を持っていると噂されているイツキ。


 この最強メンバーによって臨時のパーティーが組まれることも広まり、迷宮都市はこれまだにない盛り上がりを見せることになる。


 ――次に迷宮から帰ってくるのは、第40層を超えたときよ。


 そう言い残して、セレスティアは準備に入った。


 ザナトス、シャーリーも、そしてイツキもまた、迷宮の先にあるなにかに心をざわめかせながらも、最後かもしれない日常生活を送ことにした。




「全員集まってくれたか」


 イツキは屋敷で自分の高級奴隷の四人をリビングに集める。


「……それで、改まってお話とはどうされましたか?」

「まあまずは座ってくれ」


 イツキが促しても、彼女たちはどこか不安げな表情のまま中々座ろうとしない。

 

 とはいえ、それでは話しが進まないのでさらに目線で訴える。


 最初に座ったのは、メイドの中でも最年長でありみんなのリーダー格であるエレン。


 そしてそれに追従するようにシルヴィア、リズ、カムイ。


 ――本当に、今思うとみんなそれぞれ特徴的だけど、美人だよな……。


 元の世界ではお近づきになることすら出来なかったであろう美女美少女の集まりに、今更ながらにこの状況がどれほど恵まれているのかを理解した。


「さて、みんなに話さないといけないことがある」

「「「……」」」


 真剣な表情でこちらを見る彼女たちは、今から自分が言うことがわかっていたのかもしれないと思う。


「これから向かう先は本当の意味で未知の世界だ。なにせ、あのセレスティアですら進むことの出来なかった場所だからな」

「イツキさんなら、大丈夫ですよね」


 奴隷の中で最年少のシルヴィアが、不安そうな顔でそう言う。


「そう言い切れないからこそ、俺も覚悟を決めて行く」

「っ――⁉」


 それが戻ってこられないかもしれないという覚悟だと、四人はすぐに気づいた。


 だがイツキはそんなことを気にすることもなく、淡々と話を進めていく。


「そして今から話すのは、お前たちのこれからの処遇だ」


 イツキはこの世界に来て、最初は一人ぼっちだった。


 奴隷館でセレスティアと出会い、イングリッドに買われ、あまりに死の近い理不尽なこの世界を恨んだ。


 だからこそ、この世界で誰にも縛られない自由を得るために強くなることを誓ったのである。


「誰にも心を許す気もなかったけど、絶対に逆らえない奴隷ならって思った」


 イツキはネット小説などを読むことが多かったので、異世界では奴隷を買うパターンがあるのも知っていたが、読んでいるときは正直ないなと思っていた。


 しかし実際に理不尽な目に会うと、本当に人は信じられないし、逆らわない奴隷を買うのは当然かも知れないと考えが変わったものだ。 


 そして、頼る人のいないなかで、絶対に裏切らないとわかっている相手ほど、安心できる者はいないということも知った。


「俺にとってお前たち四人は、本当にかけがえのない家族だ」

「イツキ様……その言葉はまるで、今生の別れのように聞こえますが……?」


 元将軍だったリズが、震えるような声を絞り出す。


「リズ、お前ならわかるだろう? この先、命の保証はできない」

「っ――⁉ なら、そんな危険な場所に行かなくてもいいではありませんか!」

「いや、そういうわけにはいかない」


 なぜなら、イツキにはもう『限界』が来てしまったから。


 なんとなく、わかるのだ。

 ここでセレスティアたちとともに迷宮を超えなければ、自分は彼女たちに置いていかれてしまう。


 二度とこの先を乗り越えることが出来ずに、そこまでの男で終わってしまう。


 そしてそれは、また自由を脅かされるということだ。


「俺は誰よりも先に進む。進み続ける。そのために、今回の機会を逃すわけにはいかない」


 セレスティア、ザナトス、シャーリー。


 迷宮都市最強の面々を集めた電撃作戦。

 今回これに乗り遅れることはすなわち、再び彼女たちと同等の冒険者たちが集まるのを待たなければならなくなる。


 イツキの覚悟がわかったのだろう。

 リズはうつむきながら、それ以上なにも言わなかった。


 シルヴィアもなにかを言おうとしたのだが、結局何を言えばいいのかわからず声が出ない。


「イツキさん、それで私達の今後というのは?」


 そしてこういうとき、率先して前に出るのは、やはりエレンだった。


「まず、お前たちを奴隷から解放する」

「その話は以前した通り――」

「その後、もし俺が戻らなかった場合イングリッドに守ってもらうんだ」


 エレンの言葉を遮って、イツキはさらに続けた。


「俺が迷宮でこれまで貢献してきた額は、奴隷館の奴隷をすべて買っても余りに余るそうだからな。貸しは十分すぎるほど返して、そのお釣りだそうだ」


 すでにイングリッドにも、シャーリーにも話は通した。

 この迷宮としで何かをするでもよし、金銭を持って故郷でやり直すでも良し。

 

「とにかく、お前たちはもう自由だ」

「イツキ様、それは駄目です」

「駄目じゃない。お前たちを解放せずにもし俺が死んだら、一生奴隷のままになってしまうからな。これは決定事項だ」

「それは――」


 奴隷の解放は、主人がいてこそ成り立つ。

 もしイツキが死んでしまえば、彼女たちはこの迷宮としでただ蹂躙されるだけの道具と成り果ててしまうだろう。


「イツキ」

「なんだカムイ?」

「イツキは、死ぬ気なの?」

「死ぬ可能性がある、という話だ」

「そう……なら私は奴隷から解放しなくていい」


 堂々と、カムイはそう言った。

 だがそれはイツキにとって許容出来るものではないのだ。

 

 なぜなら彼女たちはイツキにとって家族のようなものだから。


 家族だからこそ、自由を得て欲しいと思っていたから。


「……カムイ、聞き分けを」

「奴隷は主人が死んだらわかる。だからイツキが死んだら私も死ぬ」

「……は?」

「それなら解放する意味ないよね」


 イツキは彼女の言っている意味がわからなかった。

 たしかにイツキはカムイも、他のメイドたちも大切に思っている。

 だがそれはこの世界でたった一人だったときに、信用できる人たちだからだ。


 彼女絡みたら奴隷と主人の関係でしかない自分に、なぜそこまで? と思っていると――。


「それはいい考えですね! 私は乗りますわ」

「わ、私もだ! イツキ様が死んだら、後を追おう!」

「私もです!」


 エレン、リズ、シルヴィアが立ち上がり、勢いよく追従してくる。


「え? あ、いやお前たち……なんで?」

「イツキってさ、自分のことには鈍感だよね」


 戸惑うイツキを見たカムイは、呆れたようにため息を吐く。


「私達はみんな、絶望してたんだよ。どんな酷い主人に当たるか、もう一生奴隷として底辺の、人とすら扱われられないような人生を歩むんだって」

「……」

「だけどさ、イツキはどこまでも私達を対等に扱ってくれた。人として扱ってくれた。これがどれだけ嬉しかったか……わからないかな?」


 イツキも元奴隷だ。

 だがイングリッドも、シャーリーも、利用価値がないうちは人間扱いなどしてくれなかった。


 それがどれほど辛いか、たしかにわかる。


「ねえイツキ。私達は奴隷だけど、多分みんな君のことを愛してるんだよ」

「だけどそれは――」

「優しくしてもらったら、なんてことじゃない。人として、家族として迎え入れてくれた人を愛するなんて当然のことだから」


 ――だから、イツキのいない世界なんてもう必要ない。


 カムイの言葉に、他の三人も大きくうなずいた。


 イツキはそれを見て、どっと力が抜ける。

 肩肘張って、彼女たちとの別れを覚悟していた自分がまるで馬鹿みたいだと、そう思ってしまったのだ。


 ――いや、むしろ覚悟が足りなかったのは俺の方か……。


「お前たちさ……死ねない理由を作るなよ」


 そういった瞬間、四人は笑う。

 その笑顔は、見ただけでこの世界に来た価値はあったんじゃないかと、そう思ってしまうほどに美しい。


「必ず生きて帰る。だから、少しだけ待っててくれ」


 死ぬかもしれないと覚悟をしていた。

 死ねば、もしかしたら長い夢は覚めるのかもしれないと思った。

 だが、そうじゃないと教えられた。


 だからイツキは覚悟を決める。

 必ず、生きて迷宮から帰って戻ってくる覚悟を。

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