第40話 シャーリー

「イツキ? どうしたの?」

「いや……」


 魔物を倒し小休憩をしながら、自らのステータスを見る。


 名前:イツキ=セカイ

 ★LV:50

 HP:486/530

 MP:205/255

 スキル:異界の扉、フレア、ブレス、デス、カース、ポイズン

 加護:アレス

 加護:ヘラ


 レベルの横に付いている星のマークの意味。

 それはおそらく――レベル限界。


 ゲームなどではごく当然にあるそれだが、イツキはそれが自分に訪れるとは考えてもみなかった。


「なあセレスティア。お前とザナトスの二人が強さに限界を感じたのって、半年くらいだったか?」

「そうね。最初はただの気のせいかと思ったけど、明らかに強くなる瞬間というのがなくなったのはだいたいそれくらい」

「そうか……」


 この世界にレベルという概念は存在しないが、それでも迷宮に潜っている者なら誰もが理解している魂の成長。

 それがなくなったが故に、強さの限界に到達したと感じる二人の感覚は正しかったのだろう。


「多分、俺もそこまで来た」

「そう。貴方ならもしかしたら、と思ったのだけど……」


 ほんの少しだけ、セレスティアが気落ちした雰囲気を見せる。

 だがそれも一瞬。


「まあいいわ。たとえそうだとしても、貴方はまだまだ伸び代があるもの。だから、次行くわよ」

「そうだな」


 アレスという借り物の技ではない、自らの戦闘技量を上げるために、イツキはセレスティアと共に迷宮の魔物と戦い続けた。



 それから一週間後、イツキたちは地上に戻る。

 久しぶりの本物の太陽に目を細めながら外に出ると、周囲がざわめいた。


「なんだ?」

「私たちが一緒に行動していることに驚いているでしょうね」

「別に今更じゃないか?」

「噂が本当だということに、驚いているのよ」


 ――噂?


 そう思っていると、自分たちが帰ってくるタイミングを知っていたのか、正面からザナトスがやってくる。

 それを見て周囲はさらに騒がしくなってきた。


 ザナトスはイツキとセレスティアの前で止まると、じっと見つめてくる。


「帰ってきたか。それで、どうだ?」

「問題無いわ。あとは、私たち次第ってところじゃないかしら? それで、任せていたそちらは……」


 ザナトスが首を横に振る。

 どうやら彼は彼で、この期間でないか動いていたらしい。


「完全に心が折れてしまっているな」

「そう……なら仕方ないわね」

「なあ、二人して何の話だ?」


 完全に理解している二人と違って、イツキには情報がない。

 そのまま進んでいくのは、彼にとってあまり気持ちの良い物では無かった。


「そうね。貴方には強くなって貰うことに集中して貰いたかったから黙っていたけど、そろそろちゃんと話をしましょうか」


 そうしてセレスティアは周囲を見渡す。


「とはいえ、ここじゃなんだから……」


 ふと、何かを思いついたかのように、セレスティアは微笑んで――。


「貴方の屋敷で話しましょうか」


 


 イツキの屋敷はイングリッドによって渡された豪邸であり、彼女の住む屋敷の隣に建てられている。

 そのため歩けばすぐに彼女の下に行けるし、なにより周辺はシャーリーの部下たちが見回りをしているので、誰かを家に招けばすぐに気付かれる。


「さてさて、まーた悪巧みをしているみたいですねぇ」

「ええそうね。ただし今度は真正面から堂々と、だけどね」


 バチバチと火花を散らしながら、それでいて笑顔で紅茶を飲む二人。

 その横ではイツキとザナトスもいるのだが、二人はあまり話すことも無く女性陣の会話をただ聞いていた。


「だいぶイツキさんと仲良くなったみたいですけど、この人はイングリッド様の物ですよ」

「男と女の間に主人が出てくるなんて無粋じゃないかしら?」

「無粋じゃありませんー。イツキさんの未来のために、管理してるだけでーす」


 ――嫌味な言い方するな。


 と内心で思うが、これがシャーリーであるというのは理解しているし、イツキもさすがにもう慣れた。

 あとセレスティアの言う男女の云々はまるでなかったのだが、しばらく黙っているように言われていたので一端スルーしておく。


 イツキの背後で控えているカムイやリズなどメイドたちもそわそわとした様子。


 しばらくそんな掛け合いをしたあと、シャーリーが呆れたようにため息を吐く。


「はぁ……それで、あの噂は本気なんですか?」

「ええ。私とザナトス、そしてイツキで迷宮第39層の怪物を倒し、そのまま40層も突破するわ」

「……止めとめば良いのに」


 ぼそっと、暗い声でシャーリーは呟く。

 なんとなく、以前模擬戦をしたときと同じような闇を感じた。


「シャーリー?」

「イツキさん。イングリッド様はもう十分貴方のことを認めていますし、この迷宮都市で成り上がるという夢も成し遂げました」


 ――だからこれ以上、貴方が無理をする必要なんてないんですよ。


 そう続ける彼女に、イツキは不思議に思う。

 この迷宮都市の冒険者たちにとって、迷宮踏破は悲願である。


 確かに現状、イツキはすでに最前線の中でもトップに位置するところまで上り詰めたわけだが、そこがゴールではないことは誰もがわかっていることだ。


「第38層までの魔石や素材だけでも十分すぎる程の利益は出ます。それこそ、今ならあの奴隷館で仕入れられる高級奴隷をすべて買い占め続けることだって出来ちゃうんですよ。だからこれ以上は――」

「臆病者は黙りなさい!」

「っ――!」


 セレスティアの言葉に、シャーリーが見たことも無いような形相で睨み付ける。


「私たちはこの迷宮を必ず攻略する! なぜなら――それが冒険者だからだ!」


 まっすぐ、どこまでも澄んだ瞳で見つめるセレスティアの言葉には、確かな説得力が込められていた。

 それから目を背けるように、シャーリーは不安そうにイツキを見る。


「……イツキさんは、死んでも良いんですか?」

「シャーリーがなにをそんなに不安視しているのかわからないけど……」


 イツキはセレスティアとザナトスを見る。


「この二人と戦うとなったら、さすがに死ぬ気にはなれないな」

「そう、ですか……やっぱり貴方も、馬鹿なんですね」


 そう言うとシャーリーは立ち上がり、そして背を向けて出て行く。

 メイドたちはどうするべきか悩んでいるが、イツキは目でそれを制した。


 そして残ったセレスティアとザナトスを見て、口を開く。


「シャーリーのことだったんだな」

「ええ。彼女は私がまだ迷宮都市に来る前、『栄光グローリー』と二分するクランのマスターだったの」

「あの当時、やつの強さは俺ですら勝てるかどうかというところだった。だが――」


 その先の答えはおおよそ想像出来た。

 彼女のクランは『栄光グローリー』より先に第39層に辿り着き、シャーリーを除いて全滅。

 

 これまで何年もの間ずっと戦ってきた仲間を失い、そして強さの限界に達してなお勝てる未来のない敵を前に、心が折れた。


「やつは誰よりもクランのメンバーを愛していたからな……」


 その後、冒険者を引退してしばらくし、イングリッドの腹心になっていたのを見たときは、二人揃って本当に驚いたという。

 過去の姿とはとても違ったその姿に。


「過去のやつは、天賦の才に恵まれた女だった。なにより冒険者としてとても美しかった。だからこそ俺は戻ってくるべきだと思う」


 直に見ていたザナトスは、だからこそ立ち上がるチャンスは今しかないと思っていた。


「とはいえ、あれではもう無理ね。戦力面でも、出来れば外したくなかったけど……仕方ないわ。当初の予定通り、私たち三人で――」

「待ってくれ」

「……なにかしら?」


 イツキは立ち上がり、そして真剣な表情で二人を見る。


「シャーリーと、一度話してくる」

「……さっきのを見たとおり無駄だと思うけど?」

「だとしても、だ」

「そう……それじゃあ私たちはしばらくここで待たせて貰うわ。良いわよね?」

「ああ」


 ――頼んだぞ。


 そうしてシャーリーを追いかけようとしたとき、不意に背後から声が聞こえた気がした。

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