第39話 限界値

 約一ヶ月、イツキはセレスティアと迷宮に潜り続けていた。


 本来必要とされるレベルは大幅に超え、現在すでに48レベル。

 レベルだけで言えばすでにセレスティアたちにほぼ追いついていることには気付いたが、それでも――


 ――まだ二人に『同条件』で勝てるビジョンが思い浮かばないな……。


 第38層で、セレスティアが戦っている。

 その戦いぶりはまさしく戦乙女そのもので、イツキのようにダメージを受ける前提とは大きく異なった余裕さえ感じられた。


「ふう、それじゃあ今日はそろそろ休みましょうか」

「ああ」


 各階層に休憩場所を用意しているため、今日は余裕を持って36層に戻る。

 定期的にセレスティアのパーティーメンバーが食料を置いていってくれるため出来るやり方だ。


「いいのか?」

「なにがかしら?」

「お前のパーティーメンバーをこんな小間使いみたいに扱ってだよ」


 この階層まで降りてこられる冒険者など、ごくごくわずかな存在だ。

 それこそセレスティアとザナトスがいなかったら迷宮都市最強を名乗っていいレベルのはず。


「いいのよ。あの子たちだってわかってるんだから」

「分かってる?」

「ええ。この迷宮都市で、今本当に必要なことがなにか、をね」


 セレスティアの言葉の意味がわからず、イツキはなにも言えなくなる。


「……私たちは長く停滞し続けたわ」

「え?」

「ザナトスと私は、迷宮都市でも飛び抜けた存在だった。だけどそれでも、今こうして40層に辿り着くことが出来ていない」

「それは……」


 レベルの問題だろう、というのはイツキだからこそ言えることであり、同時にそれだけじゃないことにもすでに気付いていた。


 なにせ、セレスティアたちの推定レベルは50前後。

 それですら第40層の守護者どころか、その前に止まっている魔物を倒すことも出来ていない状況。


 ――つまりそれだけ、39層の魔物は『特別』だということだよな。


「戦ったことはあるんだよな?」

「ええ。そして完敗だったわ。私も、ザナトスも、とても一対一では敵わなかった」

「だったら、そいつを避けて40層に降りてしまえば……」


 そこまで言って、言葉を止める。

 迷宮探索は命がけだ。


 イツキのようにレベルが見えて、HPなどというイレギュラーな数字を持ってい無い限り、いつ死んでもおかしくない。


 そんな極限状態の中で、不穏分子を残したまま先に進むなど、自殺行為だったのだろう。


「悪い。今のは忘れてくれ」

「まあ、貴方に今更迷宮の常識を求めてなんていないから、構わないわ」


 クスクスと妖艶に笑うセレスティアに、イツキはほんの少し見惚れてしまう。

 彼女には裏表という物が存在せず自然体でいるせいか、傍に居るのは妙な心地の良さがあった。


「それにしても、なんで39層にだけそんな化物がいるんだ?」


 これまでの経験上、10の階層に特別強い守護者と呼ばれる魔物たちが存在した。

 だがそれ以外は基本、階層イコールレベル程度の魔物しか出てこない。


 ――それに、セレスティアたちの力も気になる。


 誰にも見えていないだけで、この世界にレベルが存在するのは明らかだ。

 そうでないと、ザナトスがイツキより強いなどというのはあり得ないから。


 だがそんな彼らがすでに一年、この39層で足止めを喰らっているということは、考えられるのは一つしかなかった。


 ――レベル上限が、この世界にはある。


 そしてそれは恐らく、レベル50。

 だとしたら、先ほどイツキが考えた疑問の答えは――。


「……もしかして、迷宮の終わりが近い?」

「貴方、やっぱり特別なのね」

「え?」

「私たちがその答えに達するまで半年を要したというのに……ねえイツキ」


 ――貴方には、私たちに見えていないなにかが見えてるのでしょう?


「……」

「まあそれを聞き出す気はないから安心して。ただ、おかげで仮説に根拠が一つ増えたと、それだけ思っておくわ」


 黙り込むイツキにセレスティアは微笑む。


「さあ、今日はもう寝ましょう。明日はまた、貴方のことを厳しく見てあげる」

「ああ、よろしく頼む」


 部屋のランプを消して、二人は横になった。

 魔物の徘徊する迷宮であるため警戒だけはしながら、少し意識を遠くにおいて睡眠を取る。


 ――これも、セレスティアに教えて貰った技術だな。


 この一ヶ月、イツキは彼女から冒険者たちが積み重ねてきた技術を教えて貰い続けてきた。

 それは一人で潜って、レベルでゴリ押ししてきたイツキでは想像も付かないようなものばかり。


 ――途方もなく、長い間……冒険者たちは戦ってきた。


 それでもザナトスとセレスティアたちが現れるまで、これだけ深い階層には潜れなかったのだから、この迷宮の恐ろしさが分かるというものだ。


 そして今、彼女たちは壁に遭遇した。

 レベル限界。そしてそこまで行っても単体では勝つことの出来ない強敵。


 ――いいのよ。あの子たちだってわかってるんだから


 セレスティアは自分のパーティーメンバーがただの雑用をしていることに、そう言った。

 その言葉の意味はつまり、彼らは『ここまで』だったのだろう。


「ここから必要なのは、単純なレベルじゃないってことだろうな」


 ぼそっと、小さく呟く。

 センス、才能、言葉にすれば曖昧なものだが、それでも明確に存在する物。


 イツキはこれまでレベルさえ上げれば良かった。

 しかしもし、イツキのレベルの限界値も同じく50だとしたら、そしてこの世界が明確にゲームのようなルールによって出来ているのであれば――。


「もっと、強くならないと……」


 レベルではない。

 本来誰もが長い月日をかけて積み重ねてきた、本物の強さを得るために。

 イツキは眠りにつく。



 そして二日後、イツキのレベルは50となり、その横には星マークが付いていた。

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