第37話  ザナトス

 百獣のような瞳、岩のような肉体、そしてセレスティアにも負けないほどの覇気。

 この魑魅魍魎が跋扈する迷宮都市において、最大規模のクランの王。


 対峙してみるとわかるが、ザナトスはセレスティアに比肩する強者の雰囲気を感じた。

 

 ――なるほど……今の俺じゃまだ勝てないな。


 レベル差のせいなのか、それとも長年迷宮で戦ってきた経験の差ゆえか。

 どちらにしても、今戦ったところで勝てるビジョンは浮かばなかった。


「それで、セレスティアと来ると聞いていたが、なぜ一人で来た?」

「一人じゃないと、あいつに迷惑をかけるからな」

「……ふむ」


 イツキが睨み付けることから、穏便な理由でないことはわかったのだろう。

 顎に手を当てて、考える仕草をする。


 そして周囲を見渡すと、殺気だった他のクランメンバーを追い出すように手を払った。


「どういうつもりだ?」

「ケジメは付けねばならん」


 全員がいなくなり、二人っきりで対峙する。

 堂々とそれだけ言うと、ザナトスは立ち上がりイツキの傍に近づいてきた。


「一撃は受けてやろう。だが、そこまでだ」

「……そうか」


 ザナトスはすさまじいオーラを纏い、ただ立つ。

 対するイツキは拳を握り、全力で殴りかかった。


 轟音。恐らく元の世界であればトラックすら拭き飛ばすであろう一撃は、しかしザナトスを一歩後ろに下げる程度で終わってしまった。


「……満足したか?」

「まだだ」

「いいだろう。だが、今度はただ受けるだけではないぞ」


 今度はさらに力を入れて。

 イツキは大きく振りかぶった拳を、再びザナトスにぶつける。

 

 さらに一歩後退させたところで、今度はザナトスが拳を握り――。


「ぬぅぅぅぅぅん!」

「ぐ――⁉」


 飛んでくる大砲のような一撃を、両手でクロスをさせて全力で防ぐ。

 しかし腕がもげるような衝撃と共に、イツキは大きく吹き飛ばされた。


 これまで受けたことのない強烈な一撃。

 しかしすぐに体勢を整えて、ザナトスに向かう。


「俺の一撃を受けてなお向かってるか! 本当に、ルーキーとは思えん強さだ!」


 殴る、殴られる、殴る、殴られる――。

 そうして、都度十回の撃ち合いの末、イツキはようやく動きを止めた。


「……終わりだ」

「そうか」


 イツキが辞めた理由。

 それは自分のHPがあと一撃受ければ死んでしまうところまで来たからだった。


「ブレス」


 持っている魔力を使い、HPを全快させる。

 これで再びこの男と戦えるが、しかし本気でやりあえば回復する間もなく殺されてしまうかもしれないと思った。


 それだけ、ザナトスとの実力差があることはわかったのだ。


「十分殴らせて貰ったから、これで許してやるよ」

「俺が貴様を殴った分はいいのか?」

「自分の分はどうでもいい」


 なにせ痛みもなく、魔術で回復させてしまえばすべて無かったことに出来るのだから当然だ。

 直接拳を交えたからか、何かに気付いたザナトスが不憫そうな顔でイツキを見る。


「……貴様はどこか壊れているな」

「壊れてるんじゃ無いさ。最初から、少しズレてたんだ」


 異邦人である自分の存在がイレギュラーであることなど、最初から分かっていた。

 だからこそ、誰よりも先に進み、そして誰も手出しできない自由を得たかった。


「だから普通の振りをしてるのか?」

「そうだな」

「その生き方はいずれ、貴様の魂をすり減らすぞ?」


 ザナトスの言葉はどこか重みがある。

 だがそもそも、そんなことは言われる筋合いなどない。


「……」

「分かっていて、か」


 イツキが睨むと、彼はそれ以上何も言わなかった。


「何発も殴って悪かったな」


 自分の攻撃がどれほど効いたのかはわからないが、しかし無傷というわけではないだろう。

 ただ表面上は、まるで効いた様子がなく、ほんの少し悔しく思う。


 ――この男とセレスティアの二人はやっぱり別格だな。


 二人がそれぞれ迷宮を攻略しながら、それでもまだ第39層で足止めを喰らっている理由。

 それも何となく見えてきて、しかしイツキがなにかを言う必要は無いと思った。


 だが――。


「イツキと言ったな。貴様、『栄光グローリー』に入らないか?」

「断る」

「そうか……」


 そうしてイツキは扉から外に出ようとして、一度振り返った。


「次はセレスティアと二人で来る」

「ああ。そのときはこんな殴り合いではなく、きちんと言葉を重ねよう」


 攻撃の余波で部屋が滅茶苦茶にされたというのに、懐の大きい男だ。

 そう思いつつ、イツキは『栄光グローリー』を跡にした。




 残されたザナトスは椅子に座り、イツキの出て行った扉をただ見送る。


「あれで、まだ半年も経っていないのか……とてつもない化物が生まれたものだ」


 この迷宮都市で二十年。

 ここに来る前から最強の名を欲しいがままにしてきたザナトスですら、驚嘆せざるを得ない成長スピード。


「セレスティアが来たときは、時代が塗り変わると思ったが……」


 ――あいつですら新しく生まれた英雄に付いていけるかどうか……。


 自分の服をめくると、そこには何度も殴打された跡の残る腹部。

 一撃一撃が、そこらの魔物とは比べものにならない威力を秘めていた。


「どちらにしても、そう長くはないということか」


 新しい英雄が生まれたということは、時代が動くと言うこと。

 これまで停滞していた迷宮都市に何かが起きる。


「そのときは、俺が最前線に立ち続けよう」


 ――それが大英雄と呼ばれた男の加護を得た者の義務だからな。


 岩のような男は、ほんの少しだけ未来に流れる風を思い浮かべて笑うのであった。

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