第33話 特別な人間

 クランというのは、複数の冒険者パーティーが集まって出来たチームのことを言う。

 

 迷宮探索の際に進むパーティーメンバーは四人ほどが多い。

 冒険者たちは集まりすぎると強くなりづらい、ということはわかっているためだ。


 もちろん安全を取るならば人数は多いに越したことはないのだが、迷宮探索はクラン同士、パーティー同士の競争でもあるため、効率も重要視されていた。


「で、なんだよこれ……」

「あははー」


 イツキがシャーリーの口車に乗せられて、イングリッドの屋敷に向かうと、五十人を超える冒険者たちがそれぞれ気合いの入った声で特訓をしていた。


 木刀を持って撃ち合いをしている者、淡々と簀巻きに剣をぶつけている者さまざま。

 その誰もが奴隷になって、迷宮に入ったばかりの頃のイツキよりも動きが鋭い。


 てっきり迷宮に連れて行かれるのかと思ったら、どうやらそうではないようだ。


「はい、ちゅうもーく!」


 シャーリーの言葉とともに、冒険者たちが手を止める。

 それまで真剣だったせいか、イツキたちの存在には気付かなかったらしい。


 こちらを見て、ほとんどの者がギョッとした顔をする。


「むふふー。その顔いいですね、満点ですよ皆さん!」


 どうやら驚かせようという計画が成功したからか、シャーリーはご機嫌そうに声を上げる。


「こちらの方、誰か分かりますね? そう、このクラン『イングリッド』のリーダーであるイツキさんです」

「待て……なんの話だ?」

「え? クラン名はもちろんお嬢様から取りましたよ?」

「そこじゃないの分かってて言ってるよな?」


 イングリッドがクランを設立させようとしていたのはイツキも知っている。

 そしてその旗印に自分を使おうとしていたことも。


 とはいえ、すべて了承してからの話だと思っていたイツキは、思わずシャーリーを睨んでしまう。


「まあまあ、元々の計画通りなんだから、気にしない気にしない」


 しかし彼女は相変わらずとぼけた様子で、まるで応えた様子は無い。

 ついでにこの場で自分のことを周知したことで、少なくともこの冒険者たちにとってはそれが事実となったことだろう。


 ――というか……。


 ほとんどの者がイツキを見て尊敬しているような顔。

 厳つい男たちからそういう視線を向けられるのは、慣れていないために少し気まずさがあった。


「さてさて、いつも鍛錬を頑張っている皆さんに朗報です! なんと今日はこのイツキさんが鍛錬を見てくださるそうですよ!」

「「「おおおー!」」」


訓練場が揺れるほどテンションを上げる冒険者たち。

 

「マジか!」

「しゃー! ここで良いところを見せられれば俺たちも大金持ちになれるかも!」

「それだけじゃねえよ! 地位も名声も思いのままだ!」


 そんな声が次々と上がるのだが、このテンションについて行けないイツキはどうしたら良いか悩む。

 とりあえず隣のシャーリーに視線を向けると、彼女は笑っていた。


「イツキさんは、冒険者たちにとって伝説ですからねぇ」

「だからってこれ……」

「いいんですよ。自分は死なないなんて思い上がりをしていいのは、特別な人間だけですから」


 ――消耗品は、消耗品らしくして貰わないと。


 そんな怖い言葉を残して、ルールを説明する。

 と言っても、それぞれ武器を持ってイツキと一体一の戦いをするだけ。


「というわけで、始めー」


 武器は木剣。

 そして相手もそれは同じ。

 だが――。


「これで全員か?」


 すべて一撃で終わってしまった。

 途中のテンションの高さなど嘘のように訓練場は静まりかえっている。


「ですねー。残念ですが、イツキさんのような見込みのある人はいなかったらしいです」

「で、結局なにをさせたかったんだよ」


 てっきり、奴隷を雑に扱っている奴らを痛めつけろということなのだろうか?


 そう思っていると、シャーリーは木で出来た剣を手に取ると、構えだした。


「さて、次は私の番ですね」


 そうして準備も間もなく、唐突に突き出してきた。

 凄まじい速度、というよりこれまで出会ってきた誰よりも早いそれは、イツキの目を以てしても捉えることが出来ず――。


「あ、ぶな……」

「今のを避けちゃいますか……なるほどなるほど。相変わらずとんでもない成長速度ですね……」

「おい。どういうつもりだ?」


 イツキが睨むと、シャーリーは笑うだけで応えはしない。

 そして再び突撃してきて剣を振るう。


 今度は警戒していたため、正面から来たそれを受け止めることが出来た。

 とはいえ、凄まじい重さに一瞬後退させられる。


「ほらほら、まだまだ行きますよ!」

「っ――⁉」


 剣の連打。

 その鋭さは間違いなくこれまで地道に培われてきた鍛錬の証。


 それは、イツキには存在しないものだった。


「お前……なんでこんな――」

「こんなに強いのに、迷宮に潜らないのか、ですか?」


 シャーリーが強いのは、以前腕を振りほどけない時点で分かっていた。

 だがしかし、それでもこれはあまりにも――。


「怖いからですよ! ええ、迷宮はとても恐ろしくて、怖いところだからです!」


 突如、地面に落ちていた木剣をもう一本取りだし、二本を両手に構えて襲いかかってくる。

 手数が倍になったそれは、明らかに使い慣れていて鋭さを増していった。


「私は死にたくない! だから迷宮を潜るのを止めた!」

「くっ――⁉」

「言ったじゃないですか。自分は死なないなんて、特別な人間だけだって! 私は知っちゃったんですよ、自分は決して特別な人間じゃないって!」


 イツキはアレスの加護によって、武器を自在に操ることが出来る。

 だがそれでも、こと対人戦に関しては全くずぶの素人と言っても良い。


 その経験の差、そしてレベルによる能力値の差は大きく、徐々に後退させられていった。


「イツキさんも死なないって思ってるお馬鹿さんみたいですから、ここで一度釘を刺してあげようかなって、そう思ったんですよ!」


 そうしてイツキの体勢が崩され、木剣が身体に迫る。

 もう避けられないそれは――。


「なら、俺が特別だって教えてやるよ」


 シャーリーの剣を肩に受け、大きくダメージが入る。

 しかしそれはあくまでも『数字上』だけの話。


「なっ――⁉」


 一切怯まず前に出てきたイツキの行動に、シャーリーが驚く。

 当然だろう、木剣とはいえ普通なら激痛でうずくまるような一撃を加えたのだ。


 だがイツキは止まらない。

 なぜなら彼には『痛み』という感覚はないのだから。


「っ――⁉ この……」

「おらぁ!」


 そのままシャーリーを押し倒し、首に剣を突きつける。


「俺の勝ちだな」

「……なんですか今の?」

「特別なんだから、教えない」

「……むぅ。私は立場上、貴方の上司なんですよー」


 そうは言うが、無理矢理聞き出そうとする気配はなかった。


 イツキは立ち上がるとシャーリーに手を伸ばす。

 彼女はその手を受け取り立ち上がって、埃を払った。


「あーあ、まさか負けるなんて。鈍っちゃったかなぁ……」

「まあ俺は現役だから」


 そう言うと拗ねた顔をする。

 どうやら自分で言うのは良いが、人に言われるのは良くないらしい。


「で、結局なんだったんだ今の?」

「気にしないでください。今日の出来事は、この人達にとっても重要なことだったんですから」


 そう言って周囲を見渡すと、最初のころと打って変わって意気消沈とした冒険者たち。

 彼らはみな、この迷宮都市の外で名を馳せてやってきた者たちだ。

 

 だが今、その自信は完全にへし折られていた。


 正直、シャーリーが何を考えているのはイツキには分からない。

 それに彼女の過去も気になるが、聞けるような間柄ではなかった。


「とりあえずお前たちさ」


 イツキは座り込んだ奴隷たちに声をかける。

 彼らはまるで、イツキのことを化物のような目で見て、怯えた様子。


「俺は最初奴隷だったんだ、だけど今こうしてる。だからまあ、下の人間だからって舐めてると足を掬われるから気をつけろよ」


 そう言った瞬間、彼らはただ頷いた。

 笑っているのはシャーリーだけだ。


「きっとこれから、奴隷たちへの態度も変わると思いますよ」

「そうだといいけどな……」


 そうして、イツキは自分の屋敷に戻る。


「あ、クランのリーダーとかいうの追求するの忘れてた」


 思い出したのは、ゆっくりフロに入って眠る直前のことだった。

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