第32話 思惑通り
迷宮都市ユグドラシルには多く冒険者と呼ばれる者たちがいる。
彼らはみな、迷宮に存在する富や名声を求めてやってきて、そしてその最初の一歩で絶望するものだ。
「と、いうわけで今日もやってきました奴隷商館ー」
「そんなハイテンションで言っても、全然上がらないけどな」
「えー、そんなことないでしょう。もしかしたらまた、イツキさんみたいな超絶大当たりを引くかもしれないじゃないですかー」
そもそも、奴隷を見てテンションなんて上がらないということがわからないらしいシャーリーは、そのノリで奴隷商と商談を始めていた。
奴隷商も金に糸目を付けない上顧客の来店に嬉しそうだ。
一人置いて行かれたイツキは、周囲を見渡す。
「一緒に付いてきて欲しいって言うから何かと思ったら……」
高級奴隷と異なり、ここにいるのは普通の奴隷だ。
それはこの都市から離れた地方の村で、口減らしにされた子どもや、盗賊などに連れ込まれた者、それに迷宮都市で攻略に失敗した『元冒険者』。
富と名声を求めてやってきたはいいが、その実情は地獄そのものと言っても良いだろう。
なにせこの都市最強の一角であるセレスティアですら、最初の加護を得るまで一年以上かかっている。
しかもそれが、イツキを除いた最速記録。
つまり、加護なしにとってはそれほどまでに迷宮という場所は苦痛を伴う場所なのだ。
「そんな中で、一ヶ月もかからずに加護を得たやつが現れて、しかもあっという間に第30層まで降りたとなれば、そりゃ噂にもなるな」
街を歩けば周囲から尊敬と嫉妬の視線を向けられ、少し足を止めれば声をかけられる。
もはやこの迷宮都市ユグドラシルでイツキの名を知らない者はいない状況に、まるで自分が芸能人になった気分だった。
「……とはいえ、その分やっかみとかもあるよな」
この都市の冒険者にとって、地位と名誉は重要視されるものだ。
だからこそ、ぽっとでのイツキの存在はある意味で邪魔ものでもある。
――まだ、力が足りないな。
奴隷商と商談を進めているシャーリーを見ながら、イツキはいずれ独立するにしても今じゃないと思った。
まだ、自分には後ろ盾がなくても生きていけられるほど、この都市は甘くないのだと感じ取ったから。
「で、結局なんの商談してたんだよ」
「え? なんのことですかー?」
奴隷商館を出て、シャーリーと昼食を食べながら問い詰める。
普通だったらまとめ買いの一手で終了なのに、今日はなぜか妙に交渉が白熱していたからだ。
「別に今更、金が惜しいなんて思わないだろお前」
「あー、そんなことイツキさんが言うなんて……私はイツキさんのためにたくさんお金を貢いできたというのにー」
よよよー、と鳴き真似までするが、この美女がそんなことをしても胡散臭いだけだ。
呆れた様子でジトーと見ていると、シャーリーはちらっとイツキを見て――。
「飽きたらポイって捨てられちゃうですねー」
「続けるのかよ」
「だって、実際そうじゃないですかー」
けろっと鳴き真似を止めて、少しふてくされた様子。
しかしそんな顔をされる謂れは無いと思った。
「私はイツキさんのためにずっと動いてきたのに、イツキさんはセレスティアさんと浮気するし……」
「あのなぁ……ただちょっと同盟を結んだだけだろうが」
「それが浮気だって言ってるんですよー。だってあの人に手取り足取り、教えて貰うんですよね?」
「だから言い方悪いなお前!」
再三になるが、イツキのことを知らない者はすでにこの迷宮都市にはいない。
ただこうして昼食を食べているだけでも注目の的なのだ。
そして民衆というのは、有名人のゴシップには敏感で、周囲の人々が自分の言葉に対して一喜一憂しているのが伝わってきた。
「しばらく一緒に迷宮探索するだけだろ……」
――同盟を結びましょう。貴方と、私。パーティーもイングリッドも関係ない、たった二人だけの同盟を。
「なんでセレスティアさんなんですかー。別に迷宮について勉強するなら、他のクランでいいじゃないですか」
「他のクランに知り合いとかいないし」
「やっぱりキスしたから甘くなっちゃったんですね。このスケベ男」
「だから言い方ぁ!」
「だいたい、今まで一人でやってきたんだから今更何を言ってるんですか! 普通第30層まで潜って、迷宮知識がないなんて……ないなんて……ないんですからねぇ……」
徐々に語尾が小さくなっていくのは、イツキがどれだけイレギュラーだったかを一番目の前で見てきたからだろう。
普通の冒険者は、まず最初の第10層に辿り着くまでに魔物との戦い方を学ぶ。
それも一年以上、だ。
だがしかし、イツキはあっという間に加護を得てしまい、そしてそのまま下に降りていった。
「本当に、異常ですよ異常」
「まあさすがに、その自覚はもうある」
第20層、そして第30層。
ここまでは先行した冒険者たちがいたこともあり、比較的情報も集まった。
それでも普通、ここまで辿り着くまでに十年。セレスティアですら、五年かかっている。
一年足らずで一気に駆け下りたイツキの存在は、あまりにも化物じみた結果だったと言えよう。
だがその弊害もあり、イツキには本来冒険者が持っているであろう様々な知識が足りない。
今はまだ、人の作った道をただ進むだけでいい。
だが最前線に追いつき、そして一気に引き離すには今はまだ力以外の多くのことに欠けていた。
「で、話は戻すけど、なんで交渉なんてしてたんだ?」
「……あー」
イツキが問いかけると、シャーリーは気まずそうな顔をする。
「怒らないなら言います」
「……怒るようなことなんですか?」
「多分、イツキさんだったら……」
ここでそう言うということは、本当に怒りそうな内容なのだろう。
とはいえ、このままでは話が進まない。
「わかった。怒らないから言ってくれ」
「実は最近私たちのクランに入ってきた冒険者が、どんどん奴隷を使い潰しちゃってペースが追いつかないので、補充を早くしてもらうよう頼んでいたんですよ」
「……は?」
「怒らないって言ったじゃないですかー!」
どうやら無意識に声に圧がかかってしまったらしい。
すぐにイツキは殺気を抑えて、一度深呼吸をする。
「……ふう。それで、なんで使い潰すような真似してるんだよ。俺みたいな大当たりを欲しいんじゃ無かったのか?」
「そうなんですけど、それよりイツキさんの名声を聞いて来た冒険者たちを優遇しちゃうというかですね……ほら、この街で奴隷に人権とかないし」
――奴隷上がりの俺の前でよくそんなことを言えるな。
と思ったが、怒らないと約束したのでそれは心に秘めた。
「せっかくお嬢様の私兵が集まってきたのに、奴隷の扱いが悪いからって待遇悪くして、人が離れたらまずいですんですよー」
「……なあシャーリー。もっと奴隷が生き延びられるようには出来ないのか?」
イツキの知る限り、シャーリーは自分より遙かに賢い人間だ。
だからこそ、逆に今回のことは違和感がある気がしたのだが――。
「じゃあ、イツキさんがちょっと指導してください」
「ん?」
「その冒険者たちにですね。つきっきりで指導してー。それで迷宮の怖さを改めてー。あと横柄な態度も取れなくしてくれたらベストかなー」
「おい……」
「はい、なんですか?」
「お前、最初からそのつもりだったな?」
イツキの言葉に対して、先ほどまでの困った顔は一転し、最高の笑顔を向けてくる。
――やられた……。
とはいえ、ここまで言った手前仕方ないと、シャーリーの思惑の乗って彼女たちの屋敷に向かうことになった。
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