第31話  迷宮からの帰還

 同盟の内容は改めて、ということでセレスティアと一夜を共にし、そして迷宮から出たのがそのさらに翌日。


「久しぶりの太陽だ……」


 目を細め、身体に血が巡るような感触。

 イツキからすれば約半月もの時を迷宮内で過ごしていたこともあり、まともな人間になったような気がした。


「あまり迷宮に籠もりすぎたら、魔物になるわよ」

「え? そうなのか?」

「迷信だけどね」


 そんな軽口を言い合えるようになったセレスティアと共に街を歩くと、妙な視線を感じる。

 見渡すと、周囲の冒険者や人々が驚いた様子でこちらを見ていた。


「なんだ?」

「なんでしょうね」


 困惑するイツキとは対象的に、意味深に笑うセレスティア。

 それに対して訝しげに思っていると――。


「イツキさん、お帰りなさい」


 ニコニコと、笑顔のシャーリーが出迎えてくれる。

 ただ、なんというか妙なプレッシャーがあった。


「……た、ただいま」

「ええ、なんだか色々と噂が流れていて、心配したんですよ私」


 心配した、と言う割には笑顔の圧が凄い。


 しばらくイツキを見続けた彼女は、そのままセレスティアの方を向く。


「イツキさんを捜索してくださって、ありがとうございます」

「気にしなくても良いわ。私の方も得るものは大きかったもの」

「その件ですが、いったいどういうつもりでしょうか?」


 その言葉に対して、セレスティアも笑みを深くする。

 まるで、シャーリーを挑発するように。

 イツキの目には、二人が笑いながらお互いを牽制しているようにしか見えなかった。


「どういうつもり、とは何を指してるのかわからないわね?」

「イツキさんと恋人になった、という噂の件ですよ」

「……は?」


 あまりにも唐突に、そして覚えのないことに対してイツキが呆気にとられる。

 しかしそんな当人を置いて、二人は盛り上がり始める。


「あら、そんな噂が流れてるなんて初めて知ったわ」

「よく言いますねー。イツキさんの無事を確かめた後、二人で一緒に帰りたいからって、パーティーメンバーを先に帰らせたらしいじゃないですか」

「ふふふ。そう、まあ根も葉もない噂じゃないかしら?」

「そんな話を『貴方のところのメンバー』が口々に話していましたよー」


 バチバチと、笑顔でえげつない会話をしているとイツキは思った。

 そして明らかに自分が巻き込まれているという謎に、遠い目をしてしまう。


「だいたい、仮にその噂が本当だったとして、貴方になにか許可を得ないといけないのかしら?」

「イツキさんは『私の』同僚ですから。もっと言うと、お嬢様の物ですよ?」

「『物』扱いなんてイツキが可哀そう。そんな扱いするなら、私だったらこれだけ優秀な『人間』、もっと優遇するのに」

「お嬢様からすれば最高の待遇を出してますよー」


 イツキはそっと離れた。

 正直、物扱いは普段であればイラッとくる言葉だっただろうが、今はそれに反応してなにかに巻き込まれたくないと思ったのだ。


 ――というか、目立ちすぎだ。


 周囲の野次馬たちは興味津々でこちらを見ている。

 これではまるで、浮気がバレた男のようにも見えて気まずさが半端なかった。


 こっそり離れようとした瞬間、セレスティアに手を握られる。


「どこに行こうとしてるのかしら?」

「え? いや……」

「イツキさん、その手を離してください」

「だから、俺のせいじゃ……」


 反対側の腕をシャーリーに抱きかかえられる。

 そのせいで彼女の胸がダイレクトにあたり、顔が緩まないように渋くする。


 ――俺、こんなキャラじゃなかったはずなのに⁉


 とはいえ、彼女たちを振り払おうとしても両方とも振り払えない。

 セレスティアはわかる。しかしまさかシャーリーまで離せないのは予想外だった。


「イツキさん、貴方は私たちの物ですよね?」

「ねえイツキ。パートナーとして、私を選んだ方が絶対良いと思わない?」


 どちらを選んでも、今後の迷宮都市での生活が脅かされるのは目に見えている。

 だから返事をしないのだが、二人は自分を挟んでバチバチとやり合っていて、そろそろイツキも限界が来そうだ。


「とりあえず、休ませてくれ!」


 流石に二人ともこれ以上は不味いと思ったのか、ようやく離してくれた。

 そのあとも言葉の応酬を繰り返していたが、イツキは離れて自分の屋敷に戻る。


 そして――。


「イツキ!」


 屋敷に入ったと同時に、銀髪の少女が抱きついてくる。

 それがカムイで、そして彼女が泣いていることに気付いたイツキは思わず抱き寄せた。


「ただいま」

「……無事で良かった」


 普段は淡々としている彼女がこうも感情を前面に見せるのは珍しい。

 それだけ自分のことを心配してくれたのだと思うと、嬉しく思う。


「あー、カムイちゃんが抜け駆けしてる!」

「シルヴィア、カムイも旦那様のことをそれだけ心配してたのだから、許してあげましょう」

「でもエレンさん、私だって心配してたんですよー。ねえリズ」

「イツキ様なら心配無用だとあれほど言っただろう」


 イツキが帰ってきたことで、奴隷である美少女たちが集まってくる。

  

 金髪ハーフアップに童顔の、元貴族令嬢のシルヴィア。

 紫色の髪を緩やかに伸ばした、元大商人の娘だったエレン。

 そして緋色の髪を団子にした元将軍のリズ。


「みんな、ただいま」

「うー! イツキさん、心配しましたー!」


 そういうと、シルヴィアが泣き出し、抱きついてくる。

 カムイと並んで最年少の彼女がそうしたことで、後ろの二人も近づいてきて抱きついてきた。


 それぞれ過去を持つ彼女たちだが、今はイツキにとって大切な家族たちだ。

 たとえそれが奴隷と主人という関係であってなお、そう思いたいと思った。 

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