第30話 約束
ギガンテスディアーを倒し、地上に戻る道中。
セレスティアは他の面々を先に帰し、依頼者であるイングリッドたちにイツキの無事を伝えるように命令した。
そして二人きりになったのだが、イツキとしては一人でやってこれるのだから帰るのも出来るのに、なぜ彼女が残ったのかが分からなかった。
帰還の道中、雑談をしつつ魔物を倒しているのだが――。
「なあ、なにか言いたいことあるのか?」
「……なんでもないわ。ほら、次来たわよ」
なにか危険な視線を感じる。
というのは魔物が潜んでいるとかではなく、背後にいるセレスティアからの視線だ。
なんというか、同猛禽類が獲物を狙っているような、もっと危険な感じがして、背中がぞわぞわとした。
「……やっぱりいいわね」
イツキが魔物を倒すと、たまにそんな言葉を零す。
――お、落ち着かない。
もしかしてセレスティアは背後から自分を強襲する気なんじゃないか。
そんな気配すら感じさせて、妙な緊張感が止まらなかった。
「今日はここで休みましょうか」
第22層に到着したタイミングで、セレスティアがそう言う。
「まだ行けるぞ?」
「いいでしょ。どこで休んだとしても、二日はかかるのは変わらないんだから」
「……まあ、それもそうか」
迷宮は第20層から上は洞窟のようになっている。
それよりは、まだこの草原が広がる場所の方が健全だし、警戒もしやすい。
「あっちに休める木があるわ」
その言葉の通り、セレスティアが向かった先には巨大な大木。
そこに横穴が空いており、中は空洞になっていた。
しかもベッドや食料まで完備されていて、完全に人工的に作った場所なのが分かった。
「こんなところがあったのか……」
「私たちの休息地点よ。迷宮探索だといざというときのために休める場所や隠れる場所を作るのは冒険者の常識なんだけれど……」
セレスティアはイツキをじっと見て、呆れた様子。
「こんなことも知らないのね」
「常識知らずで悪かったな……」
イツキはこれまで、一人で迷宮を潜ってきた。
リズというポーターがいたとはいえ、彼女も元将軍であって冒険者ではない。
戦いの知識があっても、こうして迷宮探索の知識はあまり持っていなかった。
冒険者の知識を持っているのはシャーリーくらいだが、彼女はあまり自分の情報を出さない。
――加護を持っているのだから、少なくとも10層以下に入っているはずなんだけど……。
まあそもそも、ここ最近はイツキも魔石の提出と報告以外で、イングリッドの屋敷に行くことはほとんどないので、彼女と話す機会も少なかった。
「まあそれも好都合ね」
「好都合?」
「ええ」
にっこりと笑うセレスティアの顔は、どこか悪魔めいていて、嫌な予感がした。
彼女はイツキに一歩近づくと、緋色の髪を後頭部で纏めているヒモを取る。
バサリと音を立てて、肩より少し長い髪が揺れ、小柄な少女ながらも色気が狭い室内に漂う。
そうしてセレスティアは、瑞々しい唇をゆっくりと開くと、一言――。
「私はね、貴方が欲しいの」
「……は?」
戸惑うイツキの肩をそっと触れると、そのままベッドに押し倒してくる。
そしてそのまま腹部に跨がると、嗜虐的な瞳で見下してきた。
「な、ちょ、は?」
「ふふふ……」
「いやお前、なにを……?」
「言ったでしょう。貴方が欲しいって」
自分の唇に指を当てて、それをゆっくりとイツキの唇に当てる。
ぞわぞわと、背筋が震えた。
「おい落ち着け。まず説明を――」
「煩いわ」
一気に身体を倒し、唇と唇が触れあう直前でセレスティアは止まる。
謎の緊張感が二人の間を走り、イツキはゴクリと喉を鳴らした。
――まつげ長いな……。
あまりにも近すぎて、彼女の瞳から伸びるそんな場所を見てしまう。
セレスティア・リィンガーデンは圧倒的に美少女だ。
この世界に来てから美女、美少女との出会いが多いイツキだが、その中でも彼女の魅力は他の面々とは違う雰囲気がある。
それは、絶対的強者にして人の頂点であり、触れてはいけない存在であるような、そんな雰囲気。
神と崇められている龍を喰らうような禁忌さが、より一層セレスティアの魅力を際立たせていた。
「初めて見たときも普通とは違う奴隷だって思ってたけど……私の直感も捨てたもんじゃなかったわね」
「おい、おい待てって!」
「あのときイングリッドに譲るんじゃ無かった……どんな手を使ってでもあのとき手に入れるべきだったわ。そしたら、奴隷の貴方を好きに出来たのに」
首筋をそっと撫でられる。
力ずくでどかそうとするが、どうやらレベルは彼女の方が高いらしくびくともしない。
――レベルが一つ上がると全然違うのを、こんな時に実感するなんて!
ついでに言えば、レベルが見えるのが自分だけで、やはりこの世界の住民達もみんなレベルがあるのは間違いないらしい。
こんなタイミングで検証などしたくはなかったが……。
「さあ、どうしましょう。どうすれば貴方を手に入れられるのかしら?」
「セレスティア、落ち着けって!」
「身体で縛る? 童貞っぽいし、しっかり調教してあげれば素直になるかしら?」
「お前失礼すぎるだろ!」
――童貞なのは間違いないけどな!
とはいえ、こんな美少女に馬乗りにされた状態で言われたら精神的ショックは大きかった。
「イツキ。何をしたら私の物になってくれる?」
セレスティアの息遣いすら聞こえてくる近距離で、うっとりとした艶声で、まるで脳が蕩けそうになってしまう。
だがそれでも――。
「俺は誰の物にもならないぞ」
はっきりと、それだけは宣言した。
この滅茶苦茶な世界に一人で飛ばされて、わけもわからず奴隷になって、尊厳を奪われて、命すら賭けさせられて……。
「俺は、絶対にこの世界で誰にも縛られずに生きるって決めたから」
どれだけの誘惑があろうと、この意志だけは譲れなかった。
「……」
しばらくセレスティアがじっとイツキの目を見つめる。
その瞳は、まるで美しい宝石を見ているかのように、少しうっとりとしているようにも見え――。
「そう……なら仕方が無いわね」
彼女は身体を起こすと、そのまま離れた。
「私がここまでやったのに、靡かないなんて」
「悪いな」
「今更後悔したって遅いからね」
ほんの少し、彼女の言葉から感じる距離感がこれまでよりも近くなった気がした。
「お前が俺の物になるっていうなら大歓迎だけど」
「へぇ……」
――あ、しまった。
距離が近くなったと思って冗談を言ったつもりだったのだが、セレスティアの目が細まり全く冗談になっていなさそうな雰囲気になってしまい、さっそく後悔する。
「そのときは、しっかり面倒見て貰おうかしら」
「あ、ああ……」
そんな軽口で返してくれるだけありがたい、と思っているとセレスティアが笑う。
「ふふ、まあ冗談よ。それより、一つ提案があるのだけど」
「提案?」
「ええ」
そうして彼女は今まで通り、圧倒的な強者としての風格を見せながら手を伸ばす。
「同盟を結びましょう。貴方と、私。パーティーもイングリッドも関係ない、たった二人だけの同盟を」
思えば、カムイとの出会いが始まりであるとしたら、セレスティアとの出会いはこの世界を生き残るためのきっかけになった。
彼女がいなければ、イングリッドからは他の奴隷達と同じように扱われ、そして死んでいたかもしれないのだ。
だから――。
イツキはなにも言わず、その手を握った。
小さな手だ。この小さな手から、どれだけの血を流してきたか……。
「良いの? まだ私は同盟の内容も言っていないけれど?」
「いいんだよ」
楽しそうに挑発してくるセレスティアに、イツキも不敵な笑みを浮かべた。
「俺は、お前のことは結構信用してるからな」
「ふふ、そう。なら後悔はさせないわ」
今まで迷宮都市を導いてきた最強の少女と、いずれ英雄と呼ばれる青年。
たった二人しか証人のいない、しかし絶対的な『約束』が結ばれた瞬間だった。
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