第29話 ギガンテスディアー
立ち上がったギガンテスディアーはかなり大きく、イツキとはかなりの差があった。
挑発するように何度も黒い蹄を自分に煽ってくる姿は、あまりにも腹立だしい。
「そういうのは、カンガルーがやるもんだろ」
とはいえ、ふざけているように見えても階層の守護者。
多くの冒険者たちを死に追いやった魔物である以上、油断は大敵だろう。
イツキは剣を持ち、徐々に距離を詰めていく。
そして一足で踏み込めるところまで足を踏み入れた瞬間、凄まじい速度で放たれるパンチ。
「っ――⁉」
ギリギリのところで防ぐことが出来たが、受け止めた剣は軋みを上げ、イツキ自身もかなり押し込まれる。
「……」
手がビリビリと痺れるように震えている、
もしイツキが痛みを感じていたら、おそらく剣を握ることすらままならなくなっていたことだろう。
見れば、ギガンテスディアーはニヤァ、と苛立たせる笑みを浮かべていた。
そしてトン、トン、と軽くジャンプをしながら再び挑発。
思わず飛びかかりそうになり――。
「いや、駄目だ」
一度ギガンテスディアーから距離を取って、大きく深呼吸をする。
ここは多くの冒険者たちの墓場である迷宮。
怒りで攻撃を雑にしてしまえば、本当に死んでしまうのだ。
「……なるほど」
冷静になれば、敵のことも見えてくる。
ふざけた行動だが、油断も隙も無い構えだ。
冷静さを失っては、相手の思うつぼということだろう。
先ほどのジャブも、大きく安全マージンを取っているイツキのレベルですら目視が困難な速度。
それだけの強敵なのだと、心に戒める。
「無理して接近戦をする必要は無いな」
これまでは、ほとんどの場合近接戦闘で倒せてしっていたので、ブレスで回復しながら戦えばそれで十分だった。
だが今回は、むしろスライムロードのとき同様、魔術主体で攻撃をするべきだと判断し掌を向ける。
「フレア」
「っ――⁉」
ギガンテスディアーが驚いたように、その場からバックステップ。
ほぼ同時に、その場が魔力が燃えるように爆発する。
「……」
驚いた顔で見てくるので、いい気味だと思った。
ただ、滅茶苦茶驚いたのか、コメディチックに口を開けて唖然としてる姿がどこかこちらを馬鹿にしているようにも見えて腹が立つ顔でもある。
もう一発、と思って掌を向けた瞬間には動き、当たらない場所に移動する。
「見た目の図体と違って、動きが早いんだよな……」
遠距離攻撃があることに警戒しているのか、ギガンテスディアーはイツキから視線を逸らさないで集中している様子。
スライムロードは鈍重だったためフレアを外すことはなかったが、今のを見る限り簡単には当てられそうにない。
「あら、こっちならどうだ」
イツキがデスを放つと、ギガンテスディアーの死角である上空に黒いゲートが発生。
黒いボロボロのローブを着た死神が巨大な鎌で攻撃を仕掛ける。
フレアと違い、意志のあるこの魔術、簡単には回避できないだろう。
「フガ⁉」
だがギガンテスディアーは鎌を自分の角で受け止めて、死神と戦い始める。
数度、鎌を防いだあとにその鋭い角で死神を突き、デスは消滅してしまった。
「くそ、やるな……」
勝ち誇った顔だ。
もう一度デスを放つと、ギガンテスディアーが驚いた顔をして再び戦う。
「もう一発」
「フガ⁉」
一体を抑えている間に、もう一体の死神を召喚。
さすがに二体のデスを相手には出来ないのか、死神の鎌がギガンテスディアーの背中を切りつけた。
だがすぐに体勢を整えると、角で鎌を防ぎながら器用にパンチを繰り出し、一体を怯ませた後に角でもう一体を倒す。
そして一体一になった瞬間、凄まじいラッシュを死神に喰らわせて二体目も倒してしまった。
「まあ、油断大敵だよな」
「っ――⁉」
二体の死神を相手にしている間に、イツキは距離を詰めていた。
手に持った剣を振り、ギガンテスディアーを切り裂く。
致命傷にはならなかったらしいが、デスと合わせてダメージは蓄積しているのか、動きが鈍った。
「遅くなったら、もうお前なんて相手じゃないんだよ。カース!」
ギガンテスディアーに触れて、呪いの魔術を放つ。
半透明の鎖が絡み出し、さらに動きが鈍った隙に足に剣を刺す。
「フー⁉」
これまでの綺麗なフォームとは打って変わって、暴れる獣のように我武者羅に手を振るう。
さすがに当たればダメージは免れないため、イツキは距離を取った。
「さて、これで躱せないよな」
イツキが掌をギガンテスディアーに向ける。
何をされるのかわかったかの、首を横に振っているが、容赦する気は無かった。
「フレア!」
足に剣を刺され、呪いで動きが鈍ったギガンテスディアーはもう逃げられない。
爆発が直撃し、身体が焦げて黒い煙を出す。
それでもさすがは守護者と言うべきか、一撃では倒せなかったのだが。
「まあ、あとは倒すまで撃つだけだ」
そうして、十発目にしてギガンテスディアーは倒れる。
イツキの勝利だった。
その様子を遠目で見ていたセレスティアは、目を見開いて驚く。
「あり得ない……」
剣を極めるのはわかる。
この迷宮に来る前から剣の鍛錬をしているものなど多くいるし、加護を得てから覚醒する者もいるからだ。
だがイツキは魔術まで複数操り、しかも強力な魔術を連発した。
魔術というのは凄まじく集中しなければ使えないもので、強ければ強いほど時間がかかる。
しかしセレスティアが見た限り、イツキはそれを当たり前のように使っていた。
「……」
ギガンテスディアーの単独撃破。
それは彼女も可能だという自負がある。
現時点で言えば、イツキよりも自分の方が強いということも。
しかし……。
「あとどれくらいで、私は追いつかれる?」
想像も出来なかった。
迷宮都市最強と謳われ、誰よりも最前線で迷宮を進んできた自分が、あっという間に追いつかれるなんて。
信じられなかった。
彼女をして、イツキのポテンシャルの高さは理外の物であり、どれほどの高みにまで登るのかが想像もできないなんて。
「……欲しい」
セレスティアの目が光る。
その視線は、まっすぐイツキを見つめていた。
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