第28話 予想外

 セレスティアがイツキの捜索に出たのは、決して同情や懇願に心を動かされたわけではない。

 

 あり得ない攻略速度。

 たった一人で駆け下りていく新たな冒険者の動きを、直で見てみたいという思いもあった。


 ――本物ね。


 イツキとともに第30層に降り、そして彼の動きを見てそう確信する。


「貴方はいつもこんな戦い方をしているの?」


 こんな、というのは魔物を相手に正面から立ち向かう、と言う意味だ。

 同時にイツキの動きの歪さにも気付いたが、それはあえて言葉にすることはなかった。


 普通の冒険者は怪我を恐れ、少しでも攻撃を受けないように慎重に動くし、場合によっては魔物を避けて攻略を進めるものだ。

 だがイツキはこれこそが正解だ、と言わんばかりに魔物の群れに突撃していった。


「これが一番、早いからな」

「信じられないほど馬鹿ね」

「む……」


 とはいえ、その馬鹿にする理由を教えてやるつもりはなかった。

 セレスティアはイツキのパーティーメンバーであるわけでもないのだから。


「あの奴隷たちが心配するわけだわ……」


 そう思っている内に、新しい魔物の群れを見つけたイツキは、突撃していく。

 セレスティアのパーティーメンバーなど、イツキの動きを見てぞっとしているようだ。


「まあでも……それでこそね」


 迷宮都市の歴史には時折、とんでもない逸材が現れることがある。

 それはセレスティアもその一人として見られていたが……。


「あれはまさしく、迷宮都市が生んだ化け物ね」


 現在、迷宮都市最強と謳われる少女から見ても、イツキの存在はそう評価せざるを得ないほどのものだった。




 第30層は草原ということもあり、守護者の居場所にはこれまでと違って扉などはなかった。

 ボスは動物たちの王であり、鹿のような魔物が鎮座して寝ているが……。


「ずいぶんとでかい角だな」

「あれを喰らったら、ただじゃ済まないわよ」


 鋭いギザギザの付いた角は、まるで名剣のように輝いている。

 体躯としては三メートルほどとそこまで大きくはないが、突進されてあの角で突かれれば大きなダメージを喰らいそうだ。


「どんな攻撃をしてくるんだ?」

「貴方、それすら調べずにここまできたの?」

「今回はレベル上げだけで、本当は帰ってから調べるつもりだったから……」


 レベル? と首をかしげるセレスティアだが、理解が出来ないのはわかって言った言葉だ。


 この世界の人間にレベルという概念がない以上、特に隠すべき単語ではない。

 ただ、その内情まで話してしまえば、自分の特殊性に近づかれるかもしれないので、そこは黙っておく。


「ギガンテスディアーは……」


 セレスティアが守護者の名を出し、教えてくれそうになった瞬間、少し面白そうな顔をする。


「いえ、やっぱり自力で見つけてみなさい」

「……」


 つい不満そうな顔をするイツキだが、セレスティアはそんな顔をしたところで態度を変えるような女ではない。


「別にケチで言ってるわけじゃないのよ」

「じゃあ教えてくれてもいいだろ」

「貴方、ここを超えたらもう私たちと同じ最前線まで来るのよ」


 その一言は、とても真剣な声色だった。

 

「そうなれば事前情報なんてない、何時いかなるときも自ら情報を手に入れながら進まないといけないの。今みたいに、私たちが提供したものとは違ってね」

「……」

「だから、すでに誰かが切り開いた後の道じゃない。未開の地を進む覚悟を見せてみなさい」


 セレスティアの言葉は、まさにその通りだと思った。


 イツキはこれまで、この世界をゲームと同じ感覚で進んできた。

 それは当然、情報も含まれる。


 迷宮の情報はかなり高価で、それは当然深層に行けば行くほど価値があるものだ。

 イングリッドの財力によってそれを得てきたイツキはこれまで、攻略本を見た状態で進んできたのと同じであり、レベルと合わせれば怖い場所ではなかった。


 ――だけど、ここからは……。


 現在迷宮都市の冒険者たちが進んでいる最下層は、第39層。

 ここの守護者を倒してしまえば、イツキならばすぐにそこまで辿り着いてしまうことにある。


「わかった。情報はいらない」


 イツキは自分の剣を見る。

 すでにボロボロで、いつ壊れてしまってもおかしくない状況だ。


 ――そういえば、手入れの仕方すら知らないな。


 あまりにも早く、ただ迷宮を進むことだけを考えてきた弊害か。

 イツキは普通の冒険者たちが長年かけて培ってくべき能力というものに欠けていた。


「帰ったら、一度その辺りも考えてみるか」


 すでに冒険者として、レベルだけで見れば最前線に近い場所で戦える強さを得ている。

 しかしそれだけでは足りない。


 誰にも自由を阻まれないようにするには、この血と暴力が支配する街で成り上がるには――。


「俺は誰にも負けないだけの強さがいる」


 ただの腕力の話ではなく、冒険者としての話。

 圧倒的アドバンテージを得てこの世界にやってきた以上、他人を置き去りにするくらいの力は、得て当然だ。


「そのために、まずはあいつだな」


 ギガンテスディアーがイツキに気付く。

 同時に周囲の魔物たちも、一斉に敵対するように威嚇をしてきた。


「さあ、それじゃあやろうか」


 初めて、事前情報のない状態での守護者と戦うことにある。

 そこに緊張感はあるが、しかしこれまでの状況から階層とレベル差は十分。


「行くぞ!」


 まずは周囲の魔物たちを討伐。

 ギガンテスディアーは王のごとく動く気もないらしく、ただじっと見つめてくる。

 

 雑魚とは言え、このエリアの最下層にいるだけあってこれまでの魔物よりも少し強く感じる。


 なにより、守護者であるギガンテスディアーの視線が気になった。

 まるで値踏みをするような、そんな瞳。


「はぁ!」


 そうして守護者の周りにいる魔物を倒したところで、ギガンテスディアーがようやく動き出す。


 ――いったいどんな攻撃だ?


 あの角で攻撃してくるなら、距離を取ってから突撃してくるのがだろうか?

 そんなイツキの思惑は、しかしすぐに外れることになる。


 ギガンテスディアーはゆっくりと、まるで王者のように草原の草を踏みしめながらイツキの近くまで来ると――。


「……は?」


 立ち上がった。


 そしてさらにボクシングのように半身をずらし、拳を構えてくる。


「いやお前、その角は?」

『フンガー!』

「っ――⁉」


 イツキの言葉は最後まで言えず、ギガンテスディアーが強力な高速ジャブを放ってくる。

 それをギリギリのところで躱すと、敵は挑発するように手を自分に煽ってきた。


「……こいつ」


 イツキがちょっとイラッとした瞬間、どこからかゴングのような音が聞こえてきて、戦いの火蓋が切られるのであった。

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