第27話 再会

「貴方、死にそうな顔をしてるわよ」

「え?」


 籠もりっきりで迷宮にいたこともあり、レベルのマージンも十分。

 あとは守護者を倒すだけ、というところで突如そんな声をかけられる。


「……」

「その顔はなにかしら? 私が認めた男が魔物だった、なんて勘弁して欲しいところなんだけど」

「あ……セレス、ティア?」

「ええ」


 緋色の髪を後頭部で纏めた少女は、こんな迷宮で出会ってなお毅然とした美しさがあった。


 彼女は迷宮探索のためか、他のメンバーとフル装備でやってきている。

 銀色に輝く槍は彼女によく似合っていて、戦女神と呼ばれてもおかしくないだろう。


「実は魔物に噛まれて死んでしまったグール、なんてことはないわよね?」

「どう見ても生きてるだろ?」


 ステータスを開いてみても、HPは十分すぎるほどにある。

 死までの距離はまだまだあったし、MPもあるからいつでも回復出来る状態だ。


「生きてるように見えないから、そう言ってるのよ」

「なんの話だよ。それにお前、なんでここに――」

「ほら」


 セレスティアは一緒に探索をしているであろう少女から鏡を取ると、それをイツキに見せる。

 そこには、ゾンビと言われてもおかしくないほど顔色の悪い男が映っていた。


「……」

「理解したかしら?」

「ああ……」


 イツキはこの迷宮に潜り、ほぼ休みなしで魔物を狩っていた。

 もちろん睡眠は十分にとっていたつもりだが、それでも無自覚に緊張していたのだろう。


 凄まじいストレスを感じていながら、それを実感出来なかった状態が今だった。


「呆れた。本当にまったく自覚なかったのね」

「みたいだな……確かにこれは、グールとか言われても仕方ないか」

「ええ、汚すぎてもっと離れたいくらいだもの」


 約二週間。

 一度も地上にも取ることなく、たった一人で迷宮で過ごした人間などセレスティアは聞いたことがなかった。


「……」

「なんだ?」


 思わずジーと見てしまうと、イツキは訝しげな表情をする。


「まさか本当にこんなに下層まで来てるとは思わなかったけど……」

「え?」

「地上じゃ貴方、死亡扱いされてるわよ」

「……え?」




 一度ベースを作ってから落ち着いて話す。

 ということでセレスティアのパーティーメンバーたちの作ったキャンプ場を借りることになった。


 最前線を進むだけあり、その動きはテキパキとしていて淀みがない。

 あっという間に作られたキャンプに、それぞれの役割。

 それをまるで軍隊のように動いたメンバーを見送り、イツキは水浴びをすることを許された。


「今までは一人だったから、迂闊に川にも入れなかったもんな……」


 セレスティアたちはこの辺りの階層は熟知しているため、安全な川も教えてくれた。

 さらに男の見張りまで付けてくれて、魔物が近寄ってきたら教えてくれる状態。


 二週間ぶりに身体を綺麗に出来たイツキは、気持ちもさっぱりとした気分だった。


「あら、見違えたわね」

「おかげさまで。助かったよ」


 キャンプに戻り、セレスティアの天幕に呼ばれたイツキは素直にお礼を言う。


「それで聞きたいんだけど、死んだことになったって?」

「ええ。迷宮に潜って二週間も戻ってこなかったんだから、当然よね」

「……」


 とはいえ、死亡扱いはあくまでも噂。

 元々奴隷で、戸籍があるわけでもないイツキがこの迷宮都市で死亡したからといって、なにかがあるわけでもない。

 そもそも、冒険者の失踪などよくある話でもあるので、普通は噂にすらならないのだ。


「貴方は目立ちすぎたから、迷宮都市中に噂が流れてるけどね」


 イングリッドとシャーリーが探索隊を用意しようとしていたらしいが、イツキの潜っていたのは地獄と呼ばれる20層以下の下層である。


 捜索ともなれば動き方もさらに危険になる。

 彼女たちの手持ちの冒険者では不可能なクエストに、頭を抱えていたらしい。


「貴方のところの奴隷を連れて、私に頼みに来たのよ」

「え?」

「あの二人が必死になって頭を下げる様子は、中々痛快だったわ」


 クスクスと笑うセレスティア。

 そんな彼女の言葉に、イツキは呆気にとられる。


 ――まさか、あの二人が?


 シャーリーはそんな感情で動くような女性ではない。

 損得をしっかりと見極めて、使えなくなったら捨てる女だ。


 イングリッドにいたっては、自分のことを物としか思っていない雰囲気。

 あくまで使える物だから、大切に思っている。そんな程度。


 だからこそ、二人が必死になって頭まで下げたというのは、イツキにとって予想外のことだった。


「奴隷たちは泣いて懇願してきたしね」

「カムイたちが……」

「ええ。あそこまでされて動かないと、私の名に傷が付いてしまうから、受けてみたけど……」


 セレスティアは改めてイツキの身体を見る。


「まさか無傷でいるとはね」

「無傷でいられる階層じゃないと、怖いからな」

「……なるほど。本当にどこか壊れてるのね貴方」

「そうかもな」


 この世界の人間から見たら、イツキの行動は正気ではないものだ。

 だからこそそう言われるのもよく分かる。


「……面白い」

「え?」

「本当はこのまま、貴方を地上に帰すのが私たちの役目なんだけど……せっかくだから見たいわ。貴方の戦うところを」


 セレスティアは何気なく、イツキの戦いぶりを見たいと思った。

 それは特に思惑があったわけではなく、普通にこの辺りの魔物を倒しているところを見て強さを図ろうと、そう思っただけだ。


「ああ、それは助かる。それならこのまま第30層の守護者を倒しに行こう」

「……は?」

「あ、もちろん俺一人でやるから」


 その言葉は、歴戦の冒険者であるセレスティアですら正気とは思えない言葉だった。

 

 彼女はこの周辺の魔物を相手にするところを見たいと思っていただけ。

 決して、一気に強さが跳ね上がる、守護者を相手にさせようなんて思っていなかった。


 そもそも、イツキが冒険者になってまだ三ヶ月かそこらか。

 セレスティアですら、まだ第10層の守護者すら倒せていない時期。

 それが多くの加護持ち冒険者を殺し尽くしてきた、第30層の守護者を倒すなど……。


「……貴方の正体、見させて貰いましょうか」


 曰く、龍の血を継ぐ少女。

 曰く、最後の勇者。


 そんな迷宮都市随一の冒険者であるセレスティアですら、見たいと、そう思った。

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