第26話 異質の空間

 第20層を超えた。

 その先は地獄だと、誰かが言った。


 それに対して、イツキの感想は――。


「たしかにこれは、地獄かもな」


 第21層。

 そこに入ったイツキの目の前に広がっているのは、美しい草原。

 ここまでただの洞窟のような迷宮だったのが一転して、まるで世界が変わったかのような雰囲気。


 普通に考えれば洞窟にいた方が怖いと思うが、この迷宮内においてはむしろこちらの方が『異質』で怖いものだ。


「いちおう取り寄せた資料では知ってたけど……実際に見てみるとあり得なさ過ぎる光景だな」


 鹿や豚など、動物をモチーフにした見たことのない魔物も多い。

 とはいえ、今のイツキは十分すぎるほどのレベルマージンも取っているため、そこは問題無かった。


 それよりも、この第21層に入って思ったのは、やはりここはゲームの世界なんじゃないかということ。


「だとしたら、長い夢でも見てる方がマシだな」


 近くにいた魔物を狩る。

 ゲームのように消滅はしないが、あまりにも現実感のなさすぎる展開。


 なにより、この迷宮自体、何者かに意図的に作られ、そしてなにかに導かれているような気配を感じた。


「今のところ、最前線は第39層か……」


 そこを攻略出来ず、この迷宮都市ユグドラシルの最精鋭たちは足止めを喰らって半年。


 この迷宮自体、実は複数人のパーティーがきちんと情報を持った上で進めばそこまで難しいものではない、とイツキは思っていた。

 事実、守護者がいる階層までは、ベテランの冒険者たちが丁寧に調査をしながら進み、今では時間こそかかるものの犠牲無く進めている。


 問題なのは、10層ごとに現れる守護者の存在。


「一気に追いつきたいところだな」


 フレアでイノシシ型の魔物――キングボアを丸焼きにし、空から襲いかかってくるデスバードを切り裂き、問題無く進む。

 この階層ごときの魔物、今のイツキのレベルであれば苦戦をすることなどあり得なかった。


 手元には地図。

 シャーリーが手に入れてきた、迷宮探索用の物だ。

 この階層の魔物をいくら倒しても効率が悪いと思ったイツキは、最短ルートで階段を目指した。


 そうして第27層に来たとき、不味いと思う。


「っ――⁉ 食料が!」


 さすがに初見でリズを連れてくるわけにもいかないと、自らリュックを背負って食料を持ってきたイツキだったが、思った以上の長丁場になりだいぶ減ってきたのだ。

 さらに魔物の攻撃を避けたとき、リュックが壊れてしまい、中の物がほとんど失われてしまう。


「ここまで三日……」


 残念なことに、痛みは感じなくても空腹は感じる。

 これはすでに実験していたことで、空腹が続くとHPが徐々に失われていってしまうのだ。


「……どうするか」


 選択肢は二つ。

 一つはこのまま地上まで戻り、改めて探索をする。


 もう一つは、魔物の肉を喰らうこと。


 幸いなことに、ここの魔物たちはいずれも見た目は日本の動物を少し変化させたくらい。

 食べるということに対しても、そこまで抵抗感はなかった。


「どうせ、今後やっていくなら必要なことか」


 これまでイツキはリズを連れて、迷宮を攻略してきた。

 とはいえ、リズは加護を持っているわけでもなく、この階層の魔物たちと戦えばあっという間に死んでしまうだろう。


 かといって、イングリッドのところに集まった冒険者たちを利用するのは避けたい。

 寝首をかかれることもあるだろうし、なにより自分に付いてこれないだろうと思っていたのだ。


「優秀なのが集まってるって言っても、二十層を超えれるやつはほとんどいないって話しだしな」


 グレイトボアがこちらを見ている。

 どうやら狩りの獲物として判断したらしい。


「……大人しく草でも食べてれば良かったのに」


 イツキは一気にかけ出した。

 



 こういう日が来ることは分かっていたので、魔物の解体方法などは練習していた。

 それでも食べる日が来なければ、とも思っていたイツキだが――。


「意外と悪くないんだよな……」


 グレイトボアの内臓や血を抜き取り、そしてフレアで炎を作って豚肉を喰らう。

 内臓は怖かったのでやめておいた。


「……さて」


 魔物の肉を食べるという事に対して、一番のネックは精神面だったがそれも乗り越えてしまった。

 着々とこの世界に馴染んでいる自分が少しだけ嫌いに思いながら、イツキは立ち上がる。


「食料問題が解決したって事は、いくらでも潜り続けられるってことだからな」


 HP、MPともに寝れば回復する。

 よほど寝ているときに襲撃を受けるなどしない限り、いきなり死ぬということもないだろう。


「となれば、いつも通りだ」


 進む、倒す、喰らう。

 これを繰り返し、レベルを上げ続けてイツキは進む。


 道中、この階層を中心に攻略をしている冒険者チームがイツキを見たが、すぐに目をそらした。


 なぜなら端から見た彼の姿は常人とはかけ離れたオーラを纏っており、恐怖を駆り立てたから。


「さあ、次だ……」


 レベルが上がる度に高まる高揚感。

 それがイツキを人から離し始めていることを本人は気付くことが出来ていなかった。


 そうして二週間。

 イツキは迷宮から一度も出ることなく、第29層に辿り着くのであった。

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