第23話 納得

「ずるい」

「ずるいです!」

「さすがにそれはずるいのでは……?」


 そう三者三様、言い方は違えど同じ事を言う。

 ちなみに上から、カムイ、シルヴィア、リズの順番。


 事の発端は、エレンと一緒に風呂に入ったことがバレたことだ。

 というか、大きな屋敷ではないのでバレるに決まっているのだが、そこに気付かなかったのはイツキの問題だろう。


 一人だけ抜け駆けをしたということで、エレンは今三人の前で正座をさせられている。

 異世界でもお仕置きが正座なんだな、などと少ししょうもないことを考えていると、カムイがジト目でこちらを見てきた。


「イツキ。私は君を信頼しているんだよ」

「え、あ、うん。俺もカムイのことは信頼しているぞ」

「じゃあ今日は一緒の布団で寝よう」

「話の脈絡が全く繋がってないんじゃないかな⁉」


 珍しく声を荒げてしまうくらい繋がっていない言葉の流れについツッコミを入れてしまう。


 しかしそう思っているのはこの場でイツキだけらしく、他の面々はなにもおかしなことを言っていない様子だ。


「じゃあ私はイツキ様とお泊まりデートする!」

「む、そしたら私は……」

「リズはこの三日間ずっと一緒だったんだからいいじゃない」

「シルヴィア、さすがに迷宮で一緒なのを数に入れないでくれよ」


 などと、美少女と美女がまるで姉妹のように言い合いをしている。

 

 彼女たちに序列などは付けていないので、普通にタメ口での会話。

 自分に対しては敬語を使うため、少しだけ新鮮だった。


「それじゃあイツキ。今日はもう疲れただろうし、そろそろ部屋に――」

「あー! だからカムイは抜け駆け禁止だってばー! なんでそういうところ微妙にずるいの!」

「そうだぞカムイ! エレンはともかく、お前まで抜け駆けし出したら歯止めが効かなくなるだろ!」

「む……でももう約束したし」


 ――いや、約束とかしてないんだけど……。


 そんなイツキの思いは彼女達には通用しないらしく、それぞれどうするかを検討し始めた。

 ちなみに、その隙に立ち上がろうとしたエレンは、足が痺れたらしくその場にうずくまっている。


「それじゃあ、今日は私で、シルヴィアが明日でいいな」

「うん。リズはまた明後日から迷宮で一緒なんだから、ちょっと我慢してよ」

「く……まあ、仕方ないか……」


 結局、実直ゆえに言葉のやりとりに弱いリズが言いくるめられ、そんなことが決まってしまった。

 どうやら主である自分の意見はなにも検討材料にされないらしい。


「……まあいいか」

 

 イツキはカムイのことを信頼している。

 彼女はこの世界に来て一番最初に優しくしてくれた少女で、イツキにとっても特別な女の子だ。


 だから――。


「さあイツキ。私はいつでもいいよ」

「さっきの信頼してる云々はどこ行ったのかな?」


 どこで買ったのか、薄いピンクのネグリジェ姿でやってきた彼女に、ツッコミを入れざるを得なかった。


「ん? だからお前にならなにをされてもいいよと」

「そもそも、そっち方面で信頼させるようなことをした覚えはないぞ」


 リズやエレンはまだ分かる。

 彼女たちは奴隷となり、そしてこの迷宮都市で立身出世をする主人を相手にする事に対して躊躇いがないからだ。


 シルヴィアも、イツキは妹のように接しているが、それでも酷い目にあったあとに出会った主人がまともな人間だということで、覚悟もしていた分だけマシな気持ちがあるのだろう。


 だがカムイに関してはよくわからない。


 イツキは彼女のことを友人のように思っていたし、主人として無理矢理そういう関係になろうとは思っていなかったくらいだ。


「むぅ……君は何か勘違いをしているようだから言うけど、そもそも高級奴隷というのはそういう役目もあるんだぞ」

「それはわかってるって。でも主人である俺がしないと言ってるんだから、もっと身体を大事にしたらいいだろ?」

「……だって、イツキだっていつ死ぬかわからないじゃないか」


 その言葉を聞いて、思わず首をかしげてしまう。


 イツキは自分が死ぬなんて思っていない。

 なぜならこの世界はそういう風には出来ていないから。


「俺は死なないぞ?」

「迷宮だよ? 数多の英雄と呼ばれてきた男たちが血を流し、飲み込まれていく恐ろしい場所なんだ」

「……なるほど」


 なんとなく、認識の違いについて理解した。

 

 迷宮と死は隣り合わせ。

 考えてみれば、当たり前の話なのだ。

 

 実際、イツキと一緒に奴隷にされて迷宮に潜ったほとんどの奴隷は死んだのだから。


「イツキはいつも、迷宮のことを舐めている気がする。どこか他人事のような、そんな雰囲気――」

「……」

「む、なにを笑っているんだい?」

「いやなに、たしかになって思ってさ」


 他人事、と言われてなるほどと思った。

 言われるまで気付かなかったが、自分はたしかにこの世界を無意識にゲームに置き換えて、自分のことをプレイヤーとして考えていた事に気付いたのだ。


「そうか、ここは現実なんだよな」

「大丈夫? 頭でも打った?」

「大丈夫大丈夫。むしろちょっとすっきりした感じかな」


 思い切りベッドに横になる。

 天井を見上げて力を抜くと、カムイが顔を見合わせてきた。


 そのまま彼女はイツキの頭に手を置くと、動かして太ももの上に置く。


「ねえ、ちょっと恥ずかしいんだけど」

「二回目なんだからいいだろ?」

「……」


 一回目は、奴隷商人によって馬車で運ばれていた時。

 そういえばあのときから、自分の異世界生活は始まったのだ。


「なんというか、凄い昔のことに思えるよ」

「私からしたら、奴隷から解放されたことも、こうして一国一城の主になったことも、早すぎて頭が追いつかないくらいだけどね」


 すでにイツキが19層まで降りたことは、迷宮都市中に広がっている。

 圧倒的な速度は、もはや一つの伝説となっているくらいだ。


「なあイツキ。君は少し生き急ぎすぎていないか?」

「急ぎもするさ。こんな世界なんだから」


 油断すればすぐに奪われる。

 人の命も、尊厳も、元の世界に比べて圧倒的に軽い。


「もう一度言うが、俺は死なない」

「うん……」

「だから心配しないで大丈夫だ」


 手を伸ばすと、すべすべの肌が少し熱くなっていた。

 見れば顔も紅く、照れているらしい。


 最初に会ったときは感情をあまり表に出さないタイプだと思っていたが、意外と――。


「手、出さないの?」

「出さない、けど」

「わっ⁉」


 急にイツキがカムイを引っ張り、そのまま抱き寄せる。

 彼女の体温が直に伝わってきて、ここが現実なのだということを今更ながらに再認識した。


「今日はこのまま寝る。いいな?」

「……うん」


 素直に頷くカムイをさらに強く抱きしめ、イツキはそのまま寝入ってしまう。

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