第22話 風呂場
第19階層。
10階層以降、魔物たちは種類を増やしてきた。
一番多かったのはウェアウルフだが、それ以外にも植物型のトレントと呼ばれる魔物や、ジャイアントバッドと呼ばれる蝙蝠型の魔物、それにスライムまでいて多種多様だ。
と言っても、この階層に来るまでは一つの階層に一種族だけしか存在しなかった。
対してこの19階層は様式が異なり、多種多様の魔物が徒党を組んで襲いかかってくるようになってくる。
「はぁ!」
「ギィ⁉」
頭上から襲いかかってきたジャイアントバッドを切り落とす。
「イツキ様⁉」
「ちっ――⁉」
意識がそちらに向いていたせいで迫ってくるウェアウルフたちに対する反応が遅れる。
左右からの攻撃に対して、受ける手段はなかった。
「それなら!」
イツキは左腕を突き出し、片方のウェアウルフの攻撃をそのまま受け止める。
そして右手の剣で、その首を突き刺すと、そのまま反対側も切り裂いた。
「……ふぅ」
「大丈夫ですか⁉」
「ああ、見ての通りだ」
見ての通り、と言っても普通なら大怪我をしているはずの状況。
イツキの特殊体質だからこそ出来る無茶であり、そして単独で迷宮を攻略出来る一因でもある。
――今ので、大体30くらい削られたか……。
怪我をしない、痛みを感じない。
しかし死までの階段は間違いなく進んでいる。
「イツキ様の戦い方は、見ていてハラハラします」
「悪いな。けど、これが一番効率良いんだ」
多くの冒険者たちがパーティーを組んで迷宮探索をしている中、イツキはここまで来てもなおソロで活動している。
リズがメンバーだと言えばそうだが、実際彼女はポーターという役目でしかなく、戦闘要員ではない。
「そういえば、リズは怖くないの?」
加護のない彼女は、10層以降の魔物を相手にすることは出来ない。
戦えば、たとえ剣技に優れようと瞬殺されてしまうだろう。
だが――。
「怖くはありませんよ。だって、イツキ様が傍にいますからね」
「……」
真正面から、そんなことを言われてしまい少し照れてしまう。
「なら、絶対に守らないとな」
「ふふ、お願いしますね。将軍だった頃は民を守らないとと思っていましたが、子どもの頃は騎士に守られるお姫様に憧れていたんです」
「姫が守られるには、ちょっと汚い場所だけど……」
「いいんです。最高の騎士様が傍にいて下さいますからね」
そう言われると、俄然やる気が出てくるというものだった。
「よし、それじゃあ今日からしばらくレベル上げだ」
「レベル上げ?」
「ここで鍛錬をするってことだよ。20階層の守護者を圧倒するためにね」
すでに39階層まで攻略されているこの迷宮都市ユグドラシル。
セレスティアを含めた冒険者チームは今、40層の守護者の情報を集めているところである。
そこまではすでに情報も集まっているため、イツキからすれば攻略本のある状態でゲームをしているようなもの。
――待ってろよ……。
この迷宮都市の最前線まで一気に辿り着けば、もう誰も自分を止めることは出来ない。
この19層で手に入る魔石ですら、普通の冒険者たちとは比べものにならない収益を得ることが出来るのだ。
イングリッドには四人の高級奴隷を買って貰った借りがあるため、それはしっかり返さなければならないが、もっと下層に潜ればそれもすぐに達成は出来る。
そうなれば、今感じている楔のようなものも気にならなくなるだろう。
そうして三日間、イツキは19層で魔物たちを狩り続けるのであった。
目標だったレベルである26に到達したことで、イツキは満足していた。
階層よりも6も高ければ、たとえ守護者が何であっても対応出来ると、そう思っていたからだ。
だが、残念ながら事はそう簡単にはいきそうになかった。
「20階の守護者には、物理攻撃が効かないんですよ」
屋敷に戻り、守護者について調べていたエレンがそう話す。
「どんな魔物なんだ?」
「個体名はスライムロード。見た目は巨大な丸いスライムですが、体液が強力な酸性を持っていて、武器なんかはとかされてしまいます」
「……なるほどな」
定番といえば定番だ。
同時に、これは不味いと思う。
「ところで、なんでエレンは風呂場に入ってきてるんだ?」
「もちろん、大切な主様のお背中を拭くためですよ」
「……」
イツキは不味いと思う。
当然だが、彼は元大学生。
性について最も多感な時期と言っても良いだろう。
そして四人の奴隷の中で、一番スタイルの良いエレンは今、タオルを一枚巻いただけの姿。
今は普通に背中を拭いてくれているだけだが、どこか肉食獣に狙われているような気配がしてイツキは気が気じゃなかった。
「一応言っておくけど、お前達を今抱く気はないからな」
「ええ、わかっていますとも。でもそれと頑張った主様を労うのはまた違うと思いませんか?」
なんと言っても言い返されそうなので、イツキはなにも言わなかった。
イングリッドに用意してもらった屋敷はそこまで大きなわけではないが、風呂場はそこそこ大きく贅沢だ。
そのおかげで全員纏めて入る余裕もあり、元々そういうことを想定していたんじゃないかとさえ疑ってしまう。
――というか、シャーリーだったらやりかねない……。
あの笑顔で人を陥れるような悪魔のような女性。
イツキにとっても天敵のような存在で、彼女をなんとかしないと自分は前に進めないという思いすらあった。
「……なあエレン」
「はい?」
――お前達は俺の何を見て、付いてきているんだ?
そんなことを言いかけて、言葉を切る。
彼女たちが見ているのは、そして望んでいるのは、主人である自分がこの迷宮都市で活躍することだろう。
「いや、なんでもない。それより湯に浸かるから、そろそろ出て行ってくれ」
「え、一緒に入ってくれないんですか?」
「……」
その少し甘えるような言葉に、イツキは止まる。
そして――。
「入るだけだからな」
「はい」
なんというか、邪気のない笑顔を見せてくれたので、良いとしよう。
そう思うイツキであった。
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