第21話 下層へ

 第十層まではチュートリアルのようなものだ、とイツキは思う。


 なぜなら出てくる魔物はゴブリンのみで、武器こそ多様であったが攻撃パターンはほぼ同じ。

 複数出てきても連携など取ることもなく、ただ我武者羅に向かってくるだけだった。


 それに対して十一層以降は、ずいぶんと様変わりする。


 洞窟のような通路と不思議な明かりに照らされているのは同じだが、出てくる魔物の質は大きく変わっていた。


「って言っても、レベルの安全マージンは変わらないんだけどな」


 第十五層までは二足歩行の狼――ウェアウルフが鋭い爪を武器に襲いかかってきた。

 ゴブリン達と違って連携も取れていて、動きも早いため最初の頃は苦戦もしたものだ。


「イツキ様は、本当に人間ですか?」

「あのさリズ。それは流石に傷つくんだけど……」


 イツキの足下には、十を超えるウェアウルフの死体。

 これらはすべて、彼一人で倒したものだ。


「だいたい、この階層は前も一緒に来たろ?」

「そうですが……そうなんですが……」


 リズは死体から魔石を取る間、イツキは剣についた血を拭う。


「素材は取らなくて良いからね」

「はい。今日の目的は……19層ですもんね」

「ああ。出来るだけ深いところのやつを持って帰った方がイングリッド様も喜ぶだろうからな」


 正直、イングリッドに敬意を抱いていないイツキだが、それでも表向きはきちんと顔を立てるつもりであった。

 なにせ自分はまだ弱い。


 いくら最速で加護を得て、レベルが見えるからどんどん迷宮を進んでいけるとは言え、それでも手に入らない物は多くある。


「そういえばこの間シャーリー様が来て、イツキ様の活躍を喜んでましたよ」

「……一つ言っておくぞリズ。シャーリーの言葉はほとんど嘘だと思っておけ」

「え……?」


 喜んでいたのは本当だろう。

 ただしそれはイツキの活躍を知ってではなく、その活躍のおかげで名声を得たイングリッドの下に人が集まってきたからだろう。


 様々な理由で燻っていた冒険者たちにとって、それを埋めてくれる存在というのはありがたい物だ。

 今まさに彼女はこの迷宮都市で最も勢いのある少女と言っても過言ではない。


 ――まあ、その分色んなところに敵も作ってるんだろうけど……。


 それは迷宮に潜っている自分には関係ないことだ、とイツキはリズに近寄ってきた魔物を切る。

 彼女はその存在に気付いていなかったらしく、驚いた顔をした。

 

 だがすぐに自分の役割を思い出して、その魔石も取り除く。


「魔石、すべて取り終えました」

「よし、それじゃあ行こうか」


 そうしてイツキはそのまま下層へと足を進めていく。


「あの、イツキ様……」

「ん?」


 階段を降りていると、不意にリズが恐る恐るといった風に声をかけてくる。


「なぜ貴方は、そんなに簡単に下層へと進められるのですか?」

「どういうこと?」

「魔物は一つの階層が変わるだけで強さも大きく変わります。だからこそ、冒険者たちはパーティーを組んで、その階層で余裕をもって戦えるようになってからようやく下の階を目指すものなんですよ」


 それがこの世界の常識。

 常に命がけの戦いを強いられる迷宮というのは、凄まじい緊張感に苛まれさせられるものだ。


「なのにイツキ様は、まるでその階層の魔物であれば勝てると最初から分かっているような……」

「リズ、それを知って、お前はどうするつもりだ?」

「え?」

「仮に、俺が階層の魔物に勝てる保証を最初から持っているとして、それをどうしたら良いと思う?」

「そ、それは……」


 普段とは異なり、妙に圧のある雰囲気で問いかけるイツキに、リズは言葉が詰まる。


 その情報を広めれば、冒険者の死ぬ数は減るかもしれない。

 もっと深くまで潜れる者が増えて、都市が発展するかもしれない。


 そんな言葉が出かけて、リズは首を振る。


 なぜなら仮にそれを知っていたとして、広めるメリットなどイツキにはないのだから。


「すみません。余計なことを言いました」

「まあ、気になるのはわかるけどさ。そんな特殊能力なんて持ってないよ」


 嘘である。

 だがこの異界の扉という能力。

 そして痛みを感じず大怪我をしない体質に関しては、誰にも言う気がなかった。


 ――というより、誰も気づけないんじゃないか?


 実はイツキはこの世界に来てから、何度か大怪我をしたことがある。

 正確には、大怪我をするであろう攻撃を食らったことがある、だが。


 本来なら大量の血が出て、腕が千切れてもおかしくなかったそれは、ただHPが減るだけで済んだ。


 つまり、イツキはどれだけの怪我を負っても、HPが残っている限り行動が制限されることがないということ。

 同時に、それを見てもこの世界の人間は『誰も気づけない』ということだ。


「ただなんとなく、この階層の魔物なら勝てるなって感じているだけだからさ」

「そうなんですね……これまで迷宮で英雄と呼ばれてきた者たちというのは、もしかしたらそういったことに長けてきた者たちなのかもしれませんね」


 そんな話をしつつ、イツキは自分のレベルが現在23であることを確認する。


 ――これなら19階層でも余裕だな。


 そう思い、まっすぐ階段を降りながら、今後のことについて考えていくのであった。

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