第18話 リズ

 大迷宮にはいくつかの『壁』と呼ばれる地点がある。

 その一つが第十層であり、加護を得られるかどうかというのが大きいところだ。


 ――第十五層。


 狼の姿をした人型の魔物――ウェアウルフが鋭い爪を振るってくる。


 それをイツキは躱し、剣で首を切り裂いた。


 断末魔が洞窟に響く。

 そうして、五匹で徒党を組んでいたウェアウルフは全滅した。


「よし、それじゃあ後はよろしく」

「はい」


 少し離れた岩場の影。

 そこに声をかけると、紅い髪を後頭部で団子に纏めたにした少女が出てきた。


 彼女は死体となったウェアウルフの傍にやってくると、その死体に触れる。


「さすがですね。ウェアウルフの群れを一蹴ですか」

「リズのおかげだよ」

「ご謙遜を……私はただ、迷宮の魔物の特性について調べただけです」


 そう言いながら、リズはウェアウルフの中でも使える素材を剥ぎ取っていく。

 その手際はよく、これまで他の奴隷達に任せて魔石くらいしか取ってこなかったイツキとは雲泥の差だ。


 ――それに……。

 

 彼女はイツキが奴隷として買った四人の一人であり、元々は小国の将軍だった。

 小国故に血縁でなったお飾りの将軍だったというが、彼女の頬が血で濡れる様はどこか魅惑的で美しい。


 彼女のようにな将軍が号令をかければ、兵士たちの指揮は凄いことになるだろう。


「終わりました」

「うん、それじゃあ今日はこの辺で戻ろうか」


 イツキがこの世界にやってきてから約二ヶ月。

 奴隷たちとの交流も深める時間も出来たし、イングリッドの寵愛を受けていることもあり、裕福な生活も出来ていた。


「私も戦えれば良かったのですが……」

「さすがに加護もないのに、十五階層はダメでしょ」

「そうですが……」


 元々将軍だったということもあり、リズの剣技はイツキとは比べものにならないほど洗練されている。

 加護のおかげで武器はなんでも扱えるが、もし加護がなければ相手にもならなかっただろう。


 ――それでも、レベルと加護は大きいな。


 それが、十五層で無双できるイツキと、十層すらまともに攻略出来ないリズの差だった。


「イツキ様は本当の意味で神に選ばれた英雄なのかもしれませんね」

「ははは、それだったら奴隷から始まったりはしないさ」


 迷宮の帰り道、そんな会話をする。

 彼女を専属奴隷にしてから一ヶ月。

 最初のころは硬かった彼女も今ではだいぶ柔らかく慕ってくれているようになった。


「それも一つの英雄譚ですよ」

「俺としては、もっと自由でのんびりした形でやりたいところだね。迷宮なんかに潜らずに、さ」

「ふふ、ご冗談を」


 普通なら危険な迷宮、気を張り巡らせるべきだろうが、この階層程度であればどれだけ魔物が集まろうと問題なかった。

 事実、影から突然飛び出してきた魔物をイツキは目線すら動かさずに切り裂く。


「たった二ヶ月。それだけの動きが出来る者などおりませんよ」

「俺の場合、加護があるからさ」

「だとしても、です」


 イングリッドの資産は確かなもので、高級奴隷を買ってもなおイツキを優遇する余裕はあるらしい。

 おかげで武器や防具に困ることもなく、鋭い輝きを見せる剣と、動きやすい魔術で作られた強力なローブ。


 この階層の魔物を相手にするには、明らかに過剰な装備だった。


「……帰ったら、また修行をつけて頂けてもよろしいでしょうか?」

「いいけど、教えられることはないんだよなぁ」

「それでも、少しでも早く加護を得て、イツキ様のお力になりたいのです」


 リズは倒れた魔物から素材を剥ぎ取りながら、本気でそう言う。

 その瞳はこの厳しい世界で生き抜いていく覚悟を決めたもので、自分とは違うまっすぐなものだ。


 ――まあ、どう言っても俺はチート持ちだからな……。


 イツキのステータスは基本、レベルとHP、MPしか見えない。

 あとは人の加護が見れるくらいだが、これがどういう効果をもたらすのかはまだわからない状況。


 それでも、迷宮とレベルの相関性を理解すれば、まず安全マージンを崩すことなく攻略が可能だった。

 死ぬまでの体力が見え、攻撃を受けても痛みを感じない。


 命がけの迷宮探索において、これほどのチートは中々ないだろう。

 無茶や油断さえしなければ、このままどこまで上がっていける感覚があった。




 イングリッドの屋敷に戻り、成果を報告。

 そしてそのままイツキは、与えられた家に戻る。

 

 以前はイングリッドの屋敷の一室を貰っていたのだが、奴隷を四人も専属に扱うなら家にした方が良いと、少し小さめな屋敷を貰ったのだ。


 まさかただの大学生だった自分が、こんな家持ちになるとは夢にも思わなかったが、それでも悪い気はしない。

 特に――。


「あ、イツキ」

「ただいまカムイ」

「うん、お帰り」


 メイド服を着て、嬉しそうに微笑むのエルフの美少女――カムイ・シェラハザード。

 イツキがこの世界に来てから、初めて出会い、そして色々と優しくしてくれた少女。


 カムイは掃除をする手を止めて、イツキに近づいてくる。

 そして上から下までじっくり見つめて、そして笑った。


「今日も怪我はないみたいだな」

「ああ。安全なところで戦ってるし、怪我することもないかな」

「そっか」


 彼女が今、不幸にならずにこうして微笑んでくれること。

 それを自分が為したことであるというのは満足感があり、少しだけ誇らしく思う。


「シルヴィアとエレンは?」

「二人揃って買い物だ。なんだか二人とも気合い入ってたから、今日は気をつけた方が良い」

「そ、そうか……」


 シルヴィアは元貴族の令嬢で、エレンは破産した元大商人の娘。

 これでリズとカムイを合わせて、イツキの専属奴隷となった。


「いい加減、イツキも受け入れた方が良いんじゃない?」

「あのな、望まない相手に抱かれるとかあいつらの気分も最悪だろ」

「高級奴隷はそういう役目もあるんだけど……あと二人とも望んでるから気合い入れてるんだと思うし」


 ぼそっと呟いた後半の言葉は、イツキには伝わらない。


「とにかく、俺はお前たちをそういう道具みたいに使う気はないんだ。可能だったら奴隷から解放してやりたいくらいなのに」

「それは駄目」

「イツキ様。それは絶対にしてはいけません」

「……わかってるって」


 一応、この四人の主人はイツキということになっているが、元々買ったのはシャーリーだ。

 契約書的に問題がなくとも、人道的には大問題。


 それこそ、イツキが再び奴隷に落とされるきっかけにもなりかねないし、他の四人だって同様だ。


「まあ、そんなことはしないよ。ただ、俺だって奴隷経験があるんだから、せめてそんな嫌な気持ちにはさせたくないってだけ」


 わかったか? とカムイに言うと彼女はどこか納得のいかなさそうな表情をする。

 

 これが異世界と自分の常識の差なのはもう理解しているが、しかしイツキもそこを曲げる気は無かった。

 なぜなら、それこそがイツキの『叛逆』なのだ。


 ――俺は、地球の、日本人なんだから……。


 たとえこの世界で異端の考え方だったとしても、それを貫き通す。

 そしていつか必ず、今みたいに与えられたものではない本当の自由を得る。


 それが、イツキの覚悟だった。

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