第17話 飛躍に向けて

 高級奴隷ともなると引き取りに多少の準備が必要になる。


 本当はカムイと話をしたかったイツキだが、ほぼ強制的にシャーリーに退出させられ、そのままイングリッドの屋敷まで帰ることに。

 

「なあシャーリーよ。今なんと言った?」

「高級奴隷を四人買っちゃいました」

「お、おお……そうか、買っちゃったかぁ」


 てへ、と可愛らしく舌を出すシャーリーに、イングリッドも顔を引き攣らせる。


「あ、ちなみにこれ請求書なのでよろしくお願いします」

「……ぴや⁉」


 ――目ん玉が飛び出しそうな表情してるな……。


 店の奴隷を丸ごと買うようなお嬢様がここまで表情に出すとなると、高級奴隷はどれだけ高かったのだろうか。

 気になるが、聞くと色々と藪蛇な気がするのでやめておいた。


「こ、これ桁が一つ間違って……」

「残念ながら間違ってませーん」

「そ、そうか……う、うぅぅ」


 契約書を持つ手がぷるぷると震えている。

 心なしか瞳にも涙が浮かんでいるような気がした。


 ――なんかちょっと可愛そうだな。


 そんな風に思って見ていると、イングリッドはイツキをキッと睨んだ。


「お、お主に期待してるから出すんだぞ! だから、ちゃんと我のために活躍しろよ!」

「あ、はい」

「なんでそんな気の抜けた返事なのだー!」


 ちょっと不意打ちだったからだが、ご主人様はご不満のようだ。

 しかし流石に、この状況は無視しづらい。


「なんでここまで俺にしてくれるんだ?」

「イツキさんが『特別』だからですよ」


 まるで迷うことなくシャーリーは言い切る。

 その言葉には確信したなにかがあり、イツキとしても興味深い。


「お嬢様、一応言っておきますが今回の件はとても、とっても良い買い物だったんです」

「ぬ?」

「イツキさんの名前はもうすでに迷宮都市中に広がっています。ならこれを活かさない手はないでしょう」


 そうしてシャーリーは一つ一つを説明していく。


 史上最速で加護を得た元奴隷の動きは今、迷宮都市中が注目をしている。

 そんな最底辺からイツキを見出したイングリッドもまた、それぞれの組織が無視できない状況だ。


「もしイツキさんが他の組織の人間だったとして、イングリッド様がこの噂を聞いたらどうします?」

「もちろん引き抜き工作に走る」

「ええ、その清々しいまでに悪意無くそう言ってくれて話は早いです。まあつまり、そういうことですよ」

「ああ、なるほど」


 イツキはようやくシャーリーの大盤振る舞いの理由を理解した。


 最初は単純に、イツキに忠誠を誓わせるためだけに買ったのだと思っていたが、彼女はその先まで見越していたのだ。


 つまり、イツキが欲しいならこれ以上の財力を『当然のごとく』出して見せろ、ということ。


「牽制したわけだ」

「ええ。もっとも、それは本来の目的のおまけに過ぎませんが」

「おまけ?」

「ええ。いくらイツキさんが最速で加護を得たと言っても、まだまだ貴方は弱い。じゃあ、もっと腕に自信があって、かつ今の待遇に満足していない冒険者がいたとしたら……」


 隗より始めよ、ということわざが頭に過った。


 ――国に賢者を集めたいなら、まず身近な人間を厚遇し、凡庸な人間を優遇すればより優秀な人物が集まるだろう、という感じだったよな?


 正確な意味を覚えてはいないイツキだが、確かそんな感じだったと思う。


 そして今回シャーリーが行ったのは、それに近いことだ。


「俺を優遇してる噂を流して、優秀な冒険者を集めるってことか?」

「ええ。そういうことです。なにせイングリッド様は可愛いですけど、残念ながら冒険者としてはポンコツですから」

「ぽ、ポンコツ……? え、我そんな風に思われてたの?」

「まあこんな感じなので、せっかく迷宮都市に来たのに全然冒険者が集まらなかったんですよねぇ」


 だから奴隷をまとめ買いして、使えそうなのを集めていたのだ、というのは以前聞いた話だ。

 

「冒険者からしたら、自分は戦わないで安全地帯から指示出す人間には命を預けられない。ですが今は……」

「俺がいる。しかも、まだ加護を得たばかりのやつを厚遇すれば、自分もというやつがいてもおかしくはないか」

「そうそう。そうしてようやく、私たちもクランとして活動出来るってわけですよー」


 いやー長かったー、とこれまで苦労していたシャーリーは、嬉しそうにそう語る。


「おお、おお! さすがシャーリー、天才だな!」

「ふっふっふー。これで良い買い物だったということを理解していただけたかと思います」

「うむ理解した! 我は理解したぞー!」


 あっはっはー、と笑う二人に対し、イツキは正直不味いと思った。

 彼が思っていたよりも、シャーリーは何倍も優秀だったからだ。


「……」

「あ、イツキさん。買った奴隷たちはいちおう屋敷で働かせますしお給金も出しますが、基本はイツキさんの物ですから、ちゃんと管理してくださいね」

「管理って」

「色々ですよ。色々と」


 イツキは自分が奴隷から解放されたとき、自由を感じた。

 奴隷の証であった首輪も外され、一人の人間としての尊厳を取り戻したのだ。


 その、はずなのだが……。


「シャーリー、一個だけ聞いても良いか?」

「なんでしょう?」

「お前、あそこにカムイがいたこと知ってたのか?」


 そう尋ねると、シャーリーはただにっこりと笑うだけで何も答えない。

 そして、それが答えだった。


 ――これは、一筋縄ではいかないな……。


 新たな楔を打たれたことを自覚する。

 イツキという絶対に代わりのいない相手を厚遇し、性格を把握したことで奴隷で縛る。

 奴隷商人とのパイプを強めて今後の商談を優位にし、迷宮都市での名声も高めた。


 さらに未来のことまで考えて動いたシャーリーは、たった一手でイングリッドの立場を盤石にするための土台を作りきったのだ。


 力が強いとか、迷宮で活躍出来るとか、そんなものではない。

 彼女の能力は希有なもので、イツキの甘い考えなど看破されていると考えるべきだ。


「ふふふ-」

「はっはっはっはー!」


 笑い合う二人を見ている限り、そんな雰囲気には見えないのだが。


「まあ、簡単じゃないってことか……」


 自由を得る戦いは、まだ始まったばかりということらしい。




 一週間後、イツキは十階層を超えた先に踏み出した。

 そしてそこでも悪鬼羅刹のごとく魔物たちを狩り始め、とても加護を手に入れたばかりとは思えない戦いぶりを見せる。


 道中、明らかに無茶なペースで迷宮を進んでいくイツキを見た冒険者たちは、『あれはなにかが違う』と言ったという。


 史上最速で加護を得たことがまぐれでも何でも無いことを証明され、その功績は迷宮都市中に広がり――。


「狙い通りですー」


 これまでまるで見向きもされていなかったイングリッドの下に冒険者を目指す者たちも集まり始め、彼女たちが躍進する第一歩が踏み出されることとなった。


 そして――。


「「お帰りなさいませ、ご主人様」」

 

 イツキがダンジョンから戻ると、準備の終えてやってきた目麗しい奴隷の少女たちが一斉に頭を下げる。


 その中には、かつてイツキに優しくしてくれたエルフの姿もあり、その姿を見るとホッとした。


 そしてここから、イツキ・セカイという名前は迷宮都市に響き渡る。

 飛躍のときは、近づいていた。

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