第16話 主従関係

 この世界に来て初めて出会った少女――カムイ・シェラハザード。


 出会ったときは汚い馬車の中だったということもあり、髪は埃だらけ、服もみすぼらしい物だったが、それでもなお輝きを失わない美しさがあった。


 それが今、丁寧に磨き続けられた原石のごとく。

 肩より少し伸びた柔らかい髪は妖精が遊んでいるかのような光沢に満ち、その白磁のような肌は触れれば柔らかいだろうことが一目で分かる。


「カムイ?」

「……イツキ?」

 

 彼女もイツキを見て目を見開き、驚いた様子。

 どうやら誰が来るのかはまでは把握出来ていなかったらしい。

  

「んー……イツキさん、お知り合いですか?」

「あ、ああ。俺と一緒に捕まってて、色々と親切にしてくれていたエルフの女の子だ」

「へぇ……」


 イツキの言葉にシャーリーの瞳が怪しく光る。

 それを見て、しまったと思う。

 

 今回の奴隷をプレゼントをするという件、その額面通りに受け取るつもりはなかった。

 少なくともイツキの行動を制限することが目的なことくらいはわかっていたし、わかった上で受け入れるつもりだったのだ。


 だがそれは、あくまで奴隷を奴隷として扱うつもりでいたがゆえのこと。


「エルフなんて珍しいですねぇ」

「そうですね。まだ教養に関しては満足なレベルにないですが、それを補って余りあるほどの美貌……いくら吹っかけても売れますよ」


 奴隷商人が下卑た笑みを浮かべてカムイを見る。

 エルフというのが希少なのはもちろん、彼女の美しさは他の貴族たちと比べても頭一つ抜きん出ていた。


「もちろん処女なんですよね?」

「ええ、当然ですとも。奴隷は自分の物、と考える冒険者は多いので、そこの確認はしっかりさせて頂いてますとも」

「なるほどなるほど……」


 シャーリーは笑顔だ。満面の笑顔で、奴隷商人と交渉に入ろうとしていた。


「ちょっと待ってくれ」

「ん? なんですかイツキさん」

「もしかしてカムイを買う気か?」

「ええ、それはもちろん。こんなレアな奴隷、せっかくのチャンスに買わないわけないじゃないですか」


 当然のごとく、物として扱う。

 イツキ自身、そういう扱いをするつもりだったし、それがこの世界で生き延びるための手段だと思っていた。


 利用出来る物は利用する。そしていつか誰からの束縛もなくこの世界で自由に生きる。

 そのための奴隷、と割り切っていたつもりだったのだが、カムイに関しては少し事情が異なる。


 彼女は、イツキにとってこの殺伐とした世界の中で最初に優しくしてくれた女の子だ。

 それを利用しようなどとは、ましてや奴隷として手荒く扱おうなどととても思えなかった。


「あ、ところでイツキさんはどの奴隷が気に入りましたか?」

「……え?」


 シャーリーの一言に、一瞬固まってしまう。

 なぜならその言葉は、イツキが想像していたものとは大きく異なっていたから。


「だから奴隷ですよ奴隷。エルフなんて超レアな奴隷は私が買うとして、イツキさんのも買いに来たんですよ?」

「いや……俺は」


 思わず言葉に詰まる。

 

 ――カムイが、シャーリーに買われる? 俺は別の奴隷?


 それはどういう意味だろうか、と頭を巡らせる。

 しかし固まった思考ではあまりにも理解が追いつかない。


 このとき、もしもイツキが冷静であればシャーリーの笑みに気づけただろう。


 しかし彼は元々はただの大学生。


 突発的な出来事を簡単に対処出来るような訓練はされていない。


「ほら、選んでください。あ、せっかくだから商品の説明でもしてもらいましょうか?」

「おお、それはそうですね。ではまずオススメから――」


 奴隷の少女たちは笑顔で自己紹介をする。


 美しい金髪の少女は、先日家督争いで負けて奴隷に落ちた元高位貴族の少女。

 紅い髪の美女は、一軍を率いていた将軍。

 それに清楚な雰囲気の女性は、破産してしまった元大商人の娘。


 恐ろしいことに、この屋敷にいる奴隷たちはみなそれぞれが特殊とも言える背景のも持ち主だった。


「もちろんこの四人は全員処女ですとも」

「ふふふ、中々いいラインナップじゃないですかー」

「任せてください。迷宮都市第一の奴隷商人とは私めのことですからね」


 そんなやりとりをしている中で、イツキは一人ずつ見てみる。

 たしかに美人ばかりだ。

 それに自分の立場もしっかり理解しているようで、好意的な笑みを見せてきて、とても魅力的に見えた。


 ただ、それでもイツキにとってカムイという少女は特別だった。


「……シャーリー」

「はい、なんでしょう?」

「あのエルフ……カムイが欲しい」

「えー、でも私も欲しいですしー」


 くすくすと、こちらを笑う。


 イツキは自分の中でカムイを特別だと思う理由は分かっている。

 彼女は、この世界でイツキにとって唯一の味方だったのだ。


「そうですねぇ。エルフって本当に珍しいんですよ。しかもシェラハザード大森林の奴隷は魔術の素養も高いですし、戦闘奴隷としても……」

「シャーリー」

「はいはい、そんなに睨まないでください」


 言われて、初めてイツキはシャーリーを睨んでいる事に気付いた。


「というわけで奴隷商人さん」

「は、はい」

「ここの四人、全員くださーい」


 シャーリーの一言に、奴隷商人はぎょっとした顔をしてイツキを見る。

 同時に、この場の奴隷の少女たち全員もイツキを見た。


「あの、それは……」

「ちゃんとお金もお支払いしますよー。なにせ私たちは、オーディナー家ですからねぇ」


 ふふふ、と笑みを浮かべてプレッシャーをかけるシャーリー。

 その一言で、奴隷たちが再び驚いた顔をする。


 どうやら自分は、イングリッドの家を甘く見ていたらしい。


「オーディナー家、そしてこのイツキさんの将来性。商人ならどうすれば最大限の利益を得ることが出来るか、わかりますよね?」


 シャーリーの言葉に対して、奴隷商人はゴクリと喉を鳴らす。

 きっとそれは、これから先に見える約束された成功の未来に興奮したからだろう。


「わかりました」

「良い判断です。ええ、これからもご贔屓を」


 そして、奴隷商人が契約書を取り出した。


「それじゃあ主人は全員イツキさんということで」

「え?」

「え? じゃないですよ。今日は元々、イツキさんの奴隷を選ぶために来たんですから」

「あ、ああ。それはそうだけど……」


 だからといって、四人も奴隷が欲しいとは思ったわけではない。

 欲しいのは、というより他の人の奴隷にされて、カムイが酷い目に遭うのは嫌だと思うくらい。


「いいですかイツキさん。この都市の冒険者の男なら美女を何人も幸せにするなんて当たり前なんですよ」

「いやお前、幸せとか言えば良いと思ってないか?」

「思ってませんー。と、いうわけではい」

 

 突然、目にも止まらぬ早さで指先を少し切られ、しかもそのまま血判を押す形に。


 その結果、イツキは望まぬ形でこの場にいる奴隷の少女たちの主になるのであった。

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