第15話 奴隷館
シャーリーに連れてこられたのは、イツキが奴隷として売られた屋敷だ。
ここは正直良い思い出はないが、それでもつい先日も奴隷から解放されるために入ったので気持ちとしてはすでに切り替わっている。
「これはこれはシャーリー様! 本日はどういったご用件で?」
シャーリーにへいこらしつつ、奴隷商人は一瞬だけイツキを見て苦虫を噛み潰したような表情をする。
なにせ売れ残り、イングリッドにまとめ買いされたどこにでもいる奴隷かと思ったら、金の卵だったのだ。
――そんな凄いやつなら先に言えよ!
というのが奴隷商人としての本音だっただろうし、イツキが活躍すればするほど見る目がなかったと宣伝されているようなもの。
これほど屈辱的なことはないだろうが、それはお得意様であるイングリッドから感謝されるというので相殺して欲しいところだった。
「せっかく来て頂いて恐縮ですが、先日も言った通り今は仕入れ中で……」
「まだいますよねー」
「っ――⁉」
にっこりとシャーリーがそう言うと、奴隷商人は気まずそうな表情を作る。
イングリッドがまとめ買いをしたたため、この店に今奴隷は一人としていない。
それはイツキも聞いていたことだが、どうやらなにかを隠していたようだ。
「あ、あれは一般では売れない――」
「たとえばの話をしましょう」
奴隷商人の言葉を遮って、いつもよりトーンの低いシャーリーの声に、イツキは一歩だけ後ろに下がる。
この世界において加護持ちというのは超人で、その一人である彼女が本気で叩き潰しに来たら一般人では何も出来ない。
「ここにいるイツキさんは、貴方のお店で買いましたが……彼が活躍すればするほど、評判が上がると思いませんか?」
「もちろんです! ええ、もちろん!」
「ところで、奴隷商人さんから見たイツキさんって、どんな評価でした?」
「そ、それは……」
完全に脅しに入ったシャーリーにイツキは怖いなと思う。
すでにイングリッドの名はこの迷宮都市ではそれなりに有名で、しかもそんな彼女が買った奴隷が凄まじい活躍を見せた。
イツキ本人にその自覚がなくとも、世間は完全にそう見るだろう。
そして、そんなイツキが実は最底辺の評価を受けて、まとめ買いのおまけとして売られていたなどとなれば……。
――この奴隷商人としての評価は最底辺になるな。
しかしこの世界、インターネットもないため評判は基本口コミだ。
つまり――。
「そういえばイツキさんを買おうとしたら、奴隷商人さんはずいぶんと渋っていましたねー。こちらも必死に交渉して、ようやく『特別に』譲って貰えた記憶もあったりしますが……」
「っ――⁉」
シャーリーの言葉に、奴隷商人が大きく反応する。
特別に譲った奴隷が、迷宮都市の歴史を塗り替えるほどの『偉業』を達成したとなれば、彼の見る目、そして仕入れる奴隷の質の価値は今後凄まじく上がるということに気付いたのだ。
「イツキさんは迷宮都市史上最速で加護を得た未来の英雄。我々の資金力と合わせれば、いずれは……」
「……」
まるで悪魔に魅入られたように奴隷商人が喉を鳴らし、イツキを見た。
イツキとしてもこの奴隷商人がどうなろうと関係ない。
しかし結果は見えていて――。
「……案内します」
イツキの将来性と、自分の未来。
それらを損得勘定しながら、奴隷商人は二人を『特別な奴隷』がいる場所へと向かう。
奴隷商人の店から少し離れた館。
そこはとても奴隷が住んでいるようには見えない、まるで貴族の邸宅だ。
中に入ると、掃除をしていたメイドたちが一斉に並び頭を下げる。
「「お帰りなさいませ、ご主人様」」
「うむ。今日はVIP客がいるから応接間の準備をしてくれ」
奴隷商人の一言で、テキパキと動いていく少女たち。
その動きを見て、奴隷商人は満足そうに頷いた。
「シャーリー、これは……?」
この状況をあまり理解出来ていないイツキは、隣に立つシャーリーに問いかける。
「奴隷にも色々と種類がありまして、彼女たちは有望な冒険者の従者として買われる専属奴隷ですねー」
「冒険者専属奴隷?」
「ええ」
イツキが辺りを見渡すと、とにかく目麗しい少年少女が従者の格好で働いている。
隷属の首輪と、ここが奴隷商人の屋敷だということを知らなければ、貴族から教育を受けた者たちにしか見えないだろう。
「檻の中で動物のように扱われていた俺とは雲泥の差だな」
「そりゃそうですよ。迷宮探索用の奴隷と違って、あの子たちは本当に貴族出身の子ども達がほとんどですから」
貴族の子、と言ってもすべてが幸せになるわけではない。
特にこの迷宮都市が出来てからは、貴族よりも高位冒険者の方が地位も名誉もある存在となったこともあり、こうして奴隷になる子どもも多かった。
「貴族に生まれたのに、奴隷か」
「あ、でも見ての通り彼女たちは決して不幸ではないんですよ。普通の奴隷だったらイツキさんたちみたいに使い捨てにされてもおかしくありませんが、最上級奴隷として教育も受けられますからね」
「……まあ、たしかに」
イツキは自分が運ばれているときや、実際に売られるとき、絶望した表情の奴隷たちを思い出す。
彼らと比べると、普通の人と変わらぬ扱い、そして明るい表情を見る限り、本当に立場は違うのだろう。
「彼女たちはこの都市で最も重要な冒険者に仕えるために様々な教育を受けています。生活知識、教養にマナー、貴族と変わらないレベルですね」
「ふぅん……」
「もちろん奴隷ですから、夜のお勤めだって……」
「あ、そう……」
イツキも元は大学生。
最も精に興味のある年頃といっても過言ではなく、正直一瞬だけ妄想をしてしまう。
とはいえ、それをオープンに出せるほど軟派な正確もしておらず、興味のない振りをする。
「あのですねイツキさん。これは冗談じゃないのでちゃんと聞いて欲しいのですけど」
そう前置きをして、シャーリーは真剣な表情を作る。
「加護持ちの冒険者は、もう人とは違う生き物と言っても過言ではなりません。そんな人の形をした存在を傍に置くのは、普通の人にとって恐いものなんです」
「……」
「それに冒険者の人達は日々が命がけ。特に死が近づいたときの性欲というのは馬鹿に出来ません」
イツキもそれは聞いたことがある。
戦争に行く人間は、その前に性欲が高まり女性を抱きたくなるのだと。
「この奴隷達はそういう冒険者たちのためにいるんです」
「獣が暴れないように、ってことか」
「言い方と感じ方は人それぞれと思ってください」
「……わかった」
とにかく、今回の件は真面目なことなのだと理解する。
その上で、シャーリーがここに自分を連れて来た意図も何となく理解した。
「それで、俺はどうしたらいいんだ?」
「まずは奴隷商人さんが今選んでるであろう奴隷を待ちましょう。その中から一人選んで、イツキさんの専属にしちゃいますから」
「本当にいいのか? 聞いてる限り相当かかるんじゃ……」
「その分はちゃんと稼いで貰いますからご心配無用です。なにより、放置したら私たちまで襲われかねませんから」
そんなことはしない、と言い切るだけの自信はなかった。
なぜならこの世界に来てから今日まで、確かに以前に比べて自身の中に眠っていた凶暴ななにかが芽吹いているのが分かったからだ。
再び奴隷たちを見ていると、奴隷商人がやってくる。
「応接間の準備が出来ました。お二人ともどうぞこちらへ」
その言葉に従って応接間に向かう。
用意された部屋に入ると、メイド服を着た愛らしい少女たちが一列に並んで、こちらを微笑んでいた。
「え?」
思わず、イツキは驚いた声を上げてしまう。
なぜなら見覚えのある銀髪のエルフ――カムイ・シェラハザードがそこに並んでいたからだ。
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