第19話 シルヴィア

 イツキのレベルは現在21。

 これはゴブリンロードを倒し、加護を得てから6しか伸びていない。


 最初の一ヶ月でレベル15まで伸ばした事を考えれば、だいぶスローペースになったように思える。


 とはいえ、これに関してイツキは特に焦っていなかった。

 なぜならこの世界、命の価値がとても軽い。


 だからこそ、慎重に慎重を重ねることは悪くないし、地盤をしっかり築く必要があると思っていた。




 イツキは今、四人の奴隷の一人であるシルヴィアと迷宮都市ユグドラシルを歩いていた。

 

「あちらは劇場ですね。最近はラブロマンスが流行みたいで、よくデートで使われているみたいですよ」

「そうなのか」

「はい! それであそこが服屋さんですね。迷宮都市は機能性の装備はもちろんですが、最新のファッションもここから発進されていくんですよ」


 シルヴィアは楽しそう、年相応の笑みを浮かべながらイツキに迷宮都市の説明をする。


「そしたらあそこを見てみるか?」

「いいんですか⁉」

「ああ」


 彼女は西国でも有数の大貴族の令嬢で、皇太子の婚約者だったらしいが、貴族の派閥争いで敗北。

 その後は王太子の婚約者である地位すらなくなり、一族すべてが落ちぶれて奴隷落ちまでしてしまった少女だ。


「て言っても、あんまり高い物は買ってやれないけどな」

「こういうのは気持ちが大事なんです! ささ、早速行きましょうイツキさん!」


 楽しそうに手を引く彼女について行き、イツキはそのまま服屋に入っていく。


 シルヴィアはまだ十六歳で未成熟な身体をしているとはいえ、この世界でも有数の環境で育ってきただけあり、とても魅力的だった。

 腰まで伸ばした金髪をハーフアップにし、丸みのある碧眼とやや童顔な顔つきは、イツキからすればとても愛らしくも見える。


「わぁ、可愛い!」


 店に入ると、シルヴィアは楽しそうな声を上げる。


 現代日本のように綺麗に整えられた雰囲気とは異なり、多数の服が雑多に並んだそこはあまり可愛い雰囲気とは思えなかった。

 とりあえずぐるりと見渡すと、一つの服が目に入る。


「これとか似合いそうだな」

「じゃあ着てみます!」


 イツキの白いワンピースに喉元にリボン風のついた服。

 学生服にも近いそれをシルヴィアは手に取ると、彼女はそのまま試着室に入っていった。


「どうですか?」

「……」


 着替えた彼女は、なんというか海外の学生が日本の制服のコスプレをしているようにも見えて、ちょっとだけ背徳感があった。


「……駄目でした?」

「いや、可愛いと思う」

「よし!」


 そう言った瞬間、彼女はがっつりガッツポーズを取る。

 感情を隠さないで、思ったことを素直に出す彼女のことを、イツキは気に入っていた。


「じゃあこれ買うか」

「あ……いえ、無理をして欲しいわけじゃなくて……」

「俺が見ていたいんだよ」


 イツキは店員に声をかけて、試着した服を買う。

 元々シルヴィアが着ていたメイド服は指定の屋敷に送るように指示を出した。


 その際、名前を名乗ると――。


「あの……もしかして冒険者のイツキ様ですか?」

「ああ」

「っ――! しょ、少々お待ち頂いてもよろしいでしょうか⁉」


 若い女性店員が信じられないという顔をしたあと、一端店の奥に引っ込んでいく。

 そしてすぐに色紙を持ってきて、サインを求めてきた。


「お、お願いします」

「いや、サインとかないんだけど……」

「なんでもいいので! その代わり、そちらのお代はないで大丈夫ですから!」

「えぇ……」


 そう言われると、日本人としてはお得に感じてなんとかしたくなる。


「うーん……」


 とはいえ、実はイツキはこの世界の文字が書けない。 

 不思議と読むことは出来るのだが……と思っているとシルヴィアが近づいてきた。


「イツキさん。どうしたんですか?」

「ああ、この子がサイン欲しいって言うんだけどさ。俺、文字がわからないから……」

「あ、そうですね。でもサインですし、わかるものであれば良いと思いますよ?」


 そう言われて、現代日本のサインもよく分からない形が多いなと思った。

 

「それじゃあ、こんな感じで……」


 適当に日本語を崩した感じで自分の名前を書き、ついでに日本の国旗風にしてみた。

 もしかしたら自分の他にもこの世界に来た人間が気づければ、という思いも込めてだ。


「あ、悪いんだけどもう一枚書いても良いか?」


 ついでに書いて、そちらは自分の屋敷にメイド服と一緒に持って行って貰う。

 自分のサインなど覚えていられないので、メモ代わりに残すためだ。


「ありがとうございます! 家宝にしますー!」


 そんな見送りを受けて、イツキたちは店を後にする。

 しばらく街を歩きながら、シルヴィアに迷宮都市を案内してもらっていた。


「イツキさん、さすがでした!」

「いや、別になにかしたわけじゃないんだけど……」


 とはいえ、さすがにイツキもここ一ヶ月で有名になった自覚はある。

 そして、だからこそ今は足下を固めることが大切なのだと思ったのだ。


 今日の目的は、イツキが迷宮都市に『慣れる』ことだった。


 ――この街で生きていくって決めたからな。


 もちろん、元の世界に戻れるなら戻りたい。

 だがしかし、冷静に考えて手掛かり一つ無い状況で無為な希望もまた持てない。

 その辺りは現実的な思考をしていた。


 だからこそ、イツキは地盤作りの一環として、街に詳しいシルヴァアに案内して貰っているのだ。


 店を出て、次に着いたのは噴水広場。

 白いタイルが並んで綺麗な雰囲気で、周囲にはカップルが多い、デートスポットのような場所なのだとわかる。


「イツキさんイツキさん」

「ん?」


 隣を歩いていたシルヴィアが突然前に駆け出すと、そのままくるりと振り返った。

 彼女の背後には綺麗な噴水があり、美しい金髪に太陽の光と水しぶきが合わさってとても可愛らしい。


「えへへ。どうですか今の? ちょっとドキッとしましたか?」

「あざとい」

「うー……」

「けどまあ、可愛いとは思うよ」


 少し拗ねた様子から一転、花が咲いたように嬉しそうな顔をする。

 高級奴隷としての教育を受けたはずなのに、表裏なく感情のままに顔に出るシルヴィア。


 迷宮では殺伐とした雰囲気しかないイツキだが、彼女とこうした何となくした会話をするのは気晴らしになっていた。


「えい!」


 シルヴィアがいきなり腕に抱きついて来る。

 童顔だが胸は平均よりあり、なにより買った服が薄いこともあってダイレクトに彼女の温もりが伝わってきた。


「どうです? これでもドレスとかを綺麗に着るために身体とかはしっかり整えてきたんですよ」


 ニヤニヤと、からかってくる雰囲気。

 だがどこか照れた雰囲気もあり、なんとなく甘酸っぱい空気が流れる。


 日本ではこうした経験の無いイツキは、つい黙り込んでしまった。

 するとシルヴィアはやや不安そうな顔になる。


「あの、実は結構恥ずかしいのでなにか言ってくれませんか?」

「……今日はこのままでもいいか?」


 そう言うと、彼女は胸をさらに押しつけるように、しっかりと抱きついてくるのであった。

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