第12話 遭遇

 自由とは素晴らしいものだ。

 今なら何だって出来る気がするし、近くの人に自由とはなにかを語ってもいい。

 とにかくこの開放感を誰かと共有したくて仕方が無かった。


「最高だ」


 それが数週間ぶりに奴隷から解放されたイツキの第一声。


「一応言っておきますが、奴隷から解放されたからってお嬢様の物であることには変わりは無いんですからね」

「わかってるよ。でも今くらいは浸らせてくれよ」


 なにせ、この異世界にいきなり転移したかと思えば、山賊たちに捕まって臭い馬車で運ばれてきたのだ。

 まさに最低の環境と、最低のスタート。


 しかし今、イツキは人間としての尊厳を取り戻したのである。


「とりあえず、街を見て回ってもいいか?」

「迷子になりたいんですか?」

「それもいいかもな」

「一応言っておきますが、知識もないのに下手なことしたら死んじゃいますよー」


 迷宮都市ユグドラシルは、元々大陸に存在する四つの国すべてが関わって作った大都市だ。

 当然、多種多様な人物が住み、様々なルールが存在する。

 

 なにより、この都市で加護を得て冒険者になった者は大抵化け物と言っても過言ではない。

 この都市どころか、この世界のルール一つまともに知らないイツキがもし関わってしまえば、知らないうちに相手に無礼を働いて殺されてしまうかもしれないのだ。


「仕方ありませんね。私がついて行ってあげますよ」

「お目付役か?」

「というより、イツキさんが死なないように、です。イツキさんはもう、この都市で有名ですから」


 少し呆れた様子のシャーリーに対して、一人で自由に探索をしたいと思っていたイツキとしては微妙な気分になる。

 とはいえ、何の常識も知らないこともあるので、そこは諦めることにした。




 シャーリーに連れられるがまま、ユグドラシルを回っていく。

 都市のど真ん中にそびえ立つ大樹ユグドラシルから東西南北、それぞれの国の縄張りになっている。


 それぞれが独自の勢力を抱えていて、均衡を保っている状態だ。


 イツキがこれまでいたのは北地区。

 イングリッドやセレスティアが住んでいたアースガルド王国の人間が多く住む土地だ。


「イツキさんが特に気をつけないと行けないのは、各クランです」


 都市を歩きながら、シャーリーが説明を始める。


「イツキさんは自覚が無いと思いますが、今貴方は多くの冒険者に狙われています」

「異様な速度で加護を手に入れたからか?」

「そうですね。あのお嬢様の元から活躍し、奴隷から解放された、というのも原因です」

「イングリッド様か……」


 その言葉で、イツキは自分の雇い主である少女を思い出す。

 天真爛漫というよりワガママお嬢様。


 とにかく何でも自分が一番で、それ以外は許さないという雰囲気もある。

 この世界で奴隷の命に大した価値はないといっても、あそこまで物のように消費することが出来る者はそういない。


 迷宮探索において、絶対に裏切れない奴隷はゲームで言うポーションのように大事なアイテムだ。

 それをまとめ買いして浪費している彼女は、他のクランから恨まれても仕方が無いと思う。


「恨み買ってそうだもんな」

「まったく、お嬢様の魅力が分からない人ばかりです」

「まあ、お前がそう思うんだったら俺は何も言わないけど……」


 イツキとしては、どう考えても恨み買って当然だろう、と思っていた。


 たまたま異世界チートを持っていたから生き延びられたが、そうでなければ他の奴隷達と同じように、さっさとゴブリン達に嬲られていたのだ。 


「そういえば、なんでシャーリーはイングリッド様に仕えてるんだ?」

「え?」

「だってシャーリーも加護持ってるだろ?」


 そう言った瞬間、シャーリーの目つきが鋭くなる。


「言った覚えはありませんが?」

「いやお前、だって普通に十層まで付いてきただろ? しかも余裕そうだったし。それで加護持ちじゃなかったら、さすがに脳天気すぎだろ」


 美女が睨むとちょっと怖い。

 などと思いながら、イツキは普通の雰囲気を崩さないで言い返すと、シャーリーはきょとんとした後にいつも通りの笑顔に戻る。


「そういえばそうでしたねー」

「イングリッド様がここに来たのが半年前。でも俺を除いて、加護を最短で手に入れたの一年以上かかってたってことは、元々迷宮都市出身なんだろ?」

「ええ、そうですよ」


 否定はしない。

 しかしそこから先は言う気は無いのか、それで会話を切られてしまった。


 ――まあいいか。


 今のはただの雑談だ。

 どうやらあまり話したいことではないらしいので、イツキもそれ以上は踏み込もうとは思わなかった。


「あそこが武器屋ですね。イツキさんはこれまでダガーと小さい盾だけでしたけど、また装備も調えないとですね」

「それは助かる。って言っても、武器の使い方はなんて知らないけど」

「……本当に、不思議な人ですよね」


 シャーリーの言いたいことは分かった。


 この迷宮都市は腕自慢たちが集まり、そして最初のゴブリンに嬲られるような世界だ。

 だというのに、素人丸出しの男がなぜかゴブリンにも恐怖せずに戦い、そして駆け上がっていく。


 あり得ない出来事に、シャーリーは思う。


 ――英雄なんてのは、そういうものなのかもしれませんねぇ。


 常識から外れたところから現れるから、突出できる。

 そう考えれば、この少年は本当になにかを成し遂げるかもしれない。


「あそこは道具屋。まあイツキさんの道具はこちらで色々と揃えさせていただきますから心配無用です」

「ああ、助かるよ。俺はそういう記憶とかがないから」 


 記憶喪失という設定を忘れそうになるので、たまにこうして付け加える。

 そのイツキの言葉に、シャーリーが少し困った顔をした。


「どうした?」

「いや実は……このままだとやっぱり駄目かもしれないなと思いまして」

「駄目?」


 一時的にとはいえ、名声は得た。

 実力はこれから付ければ良い。少なくとも、迷宮の階層とレベルを調整すれば死ぬ危険は極力下げることも出来る。


「イツキさんには知識がありませんから、いくら強くても迷宮はそんなに甘いところではありませんし」

「ああ……たしかに」


 強さは付けられても、道具の知識や罠の知識、そもそも迷宮の知識は簡単に付くものではない。

 となれば当然、それをサポートしてくれる人がいた方が助かるが――。


「とはいえ、まだ加護持ちは私しかいませんし、お嬢様の元を離れるなんてとてもとても」

「そこはお嬢様のために頑張るとかじゃないんだな」

「ええ。離れませんよ」


 にっこりと笑うその表情から、絶対にそこは譲らないという意志を感じた。


「とりあえずイツキさんの加護についてはギルドで調べますから、あまり無茶をしないようにお願いしますね」

「わかった」

「あとは……やっぱり奴隷を――」


 そう言いかけた瞬間、シャーリーの目が警戒した雰囲気に変わる。

 どうしたのだろうかと思うと、真正面に見覚えのある少女が歩いてくるのが見えた。


 少女の名を、イツキは覚えている。

 彼女はイツキたちの前に止まると、一言。


「貴方、いいじゃない」


 その目はとても面白い物を見つけたという雰囲気で、正直少し怖いと思うイツキであった。

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