第13話 告白

 セレスティア・リィンガーデンといえば、この都市どころか、大陸の誰一人とてして知らないものはいない有名人だ。


 曰く、龍の血を継ぐ少女。

 曰く、最後の勇者。


 緋色の髪は彼女の先祖が古代龍を討伐した際に受けた返り血と魂そのものだとまで言われ、その才能は迷宮都市の外にまで名を馳せていた。


「だいたい一ヶ月ぶりね」

「そうですね……」


 ジロジロと、品定めをするような目で見られ、イツキは居心地が悪くなっていた。

 恐ろしい、と思う。


 この世界に来てからゴブリン達を相手に殺し合いをしてきても怖いと思わなかったのに、この少女を前にすると身体が竦んでしまい驚いた。


 ――なんなんだ、こいつは⁉


「怯えないでいいわ。別に取って喰おうなんて思ってないんだから」

「あ、ああ――」

「それで、奴隷からたった一ヶ月で加護を得た英雄さんは今、どういう気分かしら?」


 ――さっきまで最高の気分だったよ。


 と言いたい。


「……」

「ふふふ。その苦虫を潰したような顔、面白いわね」


 セレスティアは妖艶な笑みを浮かべて、からかうように言ってくる。

 魅力的で、蠱惑的で、一度取り込まれたら二度と戻って来れなくなるような、悪魔のような微笑み。


 彼女を見ていると脳が揺すぶられるような、そんな気分になる。

 それと同時に怯えているのは自分で、そして心の奥底から湧き上がってくる全く別の心を感じた。


「……今は」


 イツキの心は今、熱く燃えたぎっている。

 それが自分の物ではないということは分かり、しかし受け入れなければこの目の前の少女に飲み込まれてしまうと心を明け渡した。


「お前を滅茶苦茶にしたい気分だ」

「ふふ、ふふふ……そう、そうよね」


 心のまま、とんでもないことを言った自覚はあったが、もう止められそうにない。


 奴隷にされて、殺し合いを強要されて、それでもイングリッドにはこんな気持ちにはならなかった。

 だというのに、目の前の少女を見るとどうしても感情がおかしくなる。


 まるで自分ではないような、そんな気分。


「私も同じよ! 貴方を滅茶苦茶に犯して、狂わせて、二度と立ち上がれないくらいボロボロにしたい気分なの!」


 そしてセレスティアも、全く同じらしい。

 まだ二度目だが、それでも彼女らしからぬ言動だと思うと同時に、これが『彼女』だとも思った。


 突然高揚した様子の彼女を、イツキの隣に立っていたシャーリーが驚いた顔をしているが、今は気にしている余裕はない。

 今はただ、目の前の仇敵だけを見続ける。


「こんな気分は初めてだわ! ねえ貴方、貴方よ! 貴方の名前を教えなさい!」

「……知ってるだろ」

「知ってても、貴方の口から教えて欲しいのよ!」


 相変わらずワガママな女だ。

 自分ではない自分が、セレスティアをそう評価した。


「イツキ・セカイ」

「そう、ならイツキ。貴方はまだまだ強くなる。強くなって、もっともっと私に近づきなさい」


 それだけ言うと、彼女は満足そうに微笑んで、イツキに口づけをする。


「っ――⁉」

「え?」


 驚いたのはイツキ、だけではなくセレスティアも同じだった。

 何故自分がこんなことをしたのか、彼女自身分かっていなかったからだ。

 

 ただ、お互いの熱が混ざり合い、とてつもない快楽が脳を刺激し、あまりの背徳感に蕩けそうになる。


「……」

「……」


 突然すぎる出来事に、二人揃って先ほどまでの熱量はどこかに飛んで行ってしまった。

 キスをした状態で固まるイツキとセレスティア。


 そんな二人を、先ほどまで傍観者であったシャーリーは、気まずそうに声を出す。


「……えーと。私はお邪魔だったりします?」

「「っ――⁉」」


 その声で正気に戻り、同時に飛び退く。

 

 ――え? 俺今キスされた? こんな美少女に?


 最近ゴブリン相手に命がけの殺し合いばかりをしていたせいで、だいぶやさぐれていたイツキ。

 いざとなったら誰かを殺してでもこの世界で生き抜いてやろうと思っていたのだが、本来はまだ普通の大学生。


 いきなりの出来事に、少しだけ元の世界の自分を取り戻していた。


「もしかしてお二人は恋仲なんですか?」

「違うわよ」

「でもこんな衆人環視の中で突然あんな熱烈なキスしてましたよね?」


 間近で見ていたシャーリーですら、今見た内容が本当だったのか、実は魔術で見せられた幻覚なんじゃないかと思ってしまう。

 それほどまでに、ありえないと思うような光景だったのだ。


「……」


 イツキは周囲を見渡す。

 当然ながら、ここはどこかの個室というわけでもなく、都市のど真ん中。


 周囲には冒険者や商人、それに普通の街人が歩いていて――。


 ――いや、歩いてないな。


 誰もが足を止めてこちらを見ていた。

 正確には、イツキとセレスティアの二人を見て、こそこそと近く人となにかを言い合っている。


「っ――」


 先ほどまですまし顔をキープしていた彼女だが、やはりここまでがっつり見られているのは恥ずかしいのか、顔を紅くする。

 それは年相応の少女にも見えて、とても魅力的だ。


「今のは、違うわ」

「いやセレスティアさん。それは無理があるのでは?」

「違うの! これは……宣戦布告よ!」


 何かを誤魔化すように、セレスティアは大きな声を上げる。

 彼女の声はとても良く通り、近くにいた人々の注目を集めた。


「この迷宮都市に来てから加護を得るまでの期間。私の記録は貴方に圧倒的な差で抜かれたわ。たとえ今はその力に差があろうと、きっと貴方は私に迫るでしょう」


 堂々と、先ほどまでの事は無かったことにしようとしている。

 わかってなお、彼女の覇気と風格に逆らえるような者はいない。


「だから、私は貴方を認めるわ! いずれもっと強くなったとき、私は貴方を喰らい、更なる高みへ上り詰める!」


 ビシッと、指を突きつけられる。


「そのあとは、私の物にしてあげる。楽しみにしてなさい」


 言いたいことを言い切って、セレスティアは満足したように微笑み、背を向ける。

 誰もがその歩みを止めることは出来ず、イツキとシャーリーもただ彼女の進む様を見送った。


「……さて、イツキさん」


 セレスティアがいなくなり、シャーリーが困った顔をする。


「あれ、愛の告白に聞こえたのは私だけでしょうか?」

「言わないでくれ」


 イツキも、正直同じように聞こえてしまった。

 そしてそれは、この場にいた全員共通のことだっただろう。


 翌日、迷宮都市ユグドラシルにはとある噂が流れた。


 『あの』セレスティア・リィンガーデンが街中で愛の告白をした、と。

 その相手は史上最速で加護を得た、元奴隷の男だ、と。


 噂が噂を呼び、尾ひれが付き、イツキはどこかの王子様であったり、勇者の末裔だったり、性豪だったりと、とんでもない話が飛び交うのだが……。


 迷宮都市で知り合いもほとんどおらず、情報が回ってこないイツキは、しばらく知らないままだった。 

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