第10話 加護

 ゴブリンロードを殺した瞬間、イツキはこれまでなかった凄まじい高揚感を覚える。

 それが大量の経験値を得たためだと気付いたのは、自分のレベルが一つ上がっていたからだ。


「たった一体でレベルが上がるのか。さすがはボスだな」


 この部屋に入る直前に一度上がったばかりのレベルがまた上がったということは、ゴブリンロード一匹でゴブリン百匹以上の経験値を持っていることになる。 

 一日にゴブリンを百体以上狩り、それでもレベルが上がらない日の方もあったというのに――。


 ――美味しすぎるな。


 今後のことを考えると、レべルはいくらあっても足りないくらい。

 ダンジョンの性質なのか、ゴブリンロードは一定時間を経つと復活する。

 つまり、復活したボスを倒せばレベルアップもだいぶ効率よく出来るだろう。


「イツキさん……貴方は何者ですか?」

「え?」


 損なことを考えていると、シャーリーや奴隷たちが部屋に入って来る。

 その顔は、どこか戸惑った様子だ。


「たしかにこれまでもゴブリンロードを単体で倒した人はいます。有名なのはセレスティアさんですが、他の方々もみんなこの都市のトップランカーばかり」


 ダンジョンに潜る前、イツキは最初の説明会でその話は聞いた。

 現在この迷宮都市ユグドラシルに存在するクランの中でも最大手のトップに君臨する者たち。


 奴隷商人の店で出会ったセレスティア・リィンガーデンもその一人だと聞いて、なんとなく納得したものだ。


「他にもいるんだから、そんなおかしなことじゃないだろ?」

「おかしなことなんですよ。だってイツキさん、『魔術』も使ってなかったじゃないですか!」

「え?」


 ここが異世界であり己のステータスにMPなんてものがあるのだから、魔術があるだろうとは思っていた。

 だが同時に、そう思うにはイツキの知識はあまりにもなさ過ぎた。


「加護も貰っていない、魔術支援も受けてないただの人間がゴブリンロードに勝つなんて、今まで一度もなかったんですよ!」




 ゴブリンロードが座っていた玉座の奥。

 空席になったそこの奥に、神の加護を得られる部屋が存在する。


 シャーリーと共に足を踏み入れたイツキは、強烈な視線を感じて思わず見上げた。


「……石像?」

「神々の模した像と呼ばれてますね。この迷宮が現れた時から存在していたから、人の手で出来た物じゃない、って話です」

「……」


 壁一面に並んでこちらを見下ろしてくる姿は、荘厳であると同時に恐れを感じさせた。


 ――ゲームならここで石像が動いて攻撃でもしてくるんだけど……。


 特に動く気配も無く、これまでも動いたことはないというのであれば安心だろう。

 そう思って中央にある台座に向かう。

 台座は水に囲まれていて、どこかに水源があるようだ。


「そういえば、他の奴隷達には加護を与えないのか?」

「無理ですね」

「無理?」


 シャーリーの言葉のニュアンスに、イツキは少し疑問に思った。


 与えない、ならともかく無理というのはどういうことか。

 そう思っていたら、いつも通り貼り付けたような笑顔を見せる。


「加護は神様から与えられるものですから。資格のない人が近づいても反応なんてしてくれませんよ」

「……」


 つまり理由を言う気は無い、ということだ

 加護持ちを増やしてクランを創立しようとしているのに、無闇に増やそうともしない。

 

 ――俺の知らない何かがあるのかもしれないな。


 どうせ追求してもはぐらかされるだけだろう。


 台座に辿り着くと、ボーリングの球ほどの球体がそこに浮かんでいた。


「これに触れればいいのか?」

「ええ。頑張ってください」


 再び違和感のある言葉を言うが、気にしてもやることが変わるわけではない。


 イツキは水晶に触れ、そして意識が遠のいた――。




 青い、暗い、不思議な空間。

 気付けばまるで宇宙にいるような浮遊感だけで、それ以外の感覚がすべてなくなってしまった。


「……」


 声は、出ない。

 身体も、動かない。


 凄まじい力を持った何者かがこちらを見ていることはわかる。

 一人ではなく、多くの何かだ。


 それが何なのかがわからないまま、無為な時間が流れていく。

 しばらくして、大きな力が離れていく。

 そして最後に残ったのは――。




「はっ――⁉」


 気付くと、先ほどと同じように水晶に触れた状態。

 辺りは変わらず石像が並び、こちらを見下ろしている。


「イツキさん、終わりましたか?」

「え? あ……」


 珍しく、シャーリーが不安そうな表情をしてこちらを見ていた。


「大丈夫ですか? どの神からも加護を貰えなかったら、廃人とかになっちゃうんですけど」

「大丈夫……廃人?」

「おっと口が滑りました。まあほら、喋れるってことは無事に済んだんだから気にしない気にしない」


 じとーと見ると、彼女はあははと笑うだけ。

 黙っていたことに対して思うことはあるが、だからといってじゃあ止めていたのかと言われると、元々選択肢などないのだからそれはない。


「……まあいいけど」

「ふふふ。それで、一体どの神様から加護を貰ったんですか?」


 シャーリーは少しだけ興奮した様子でイツキに詰めよってくる。

 美女に迫られるというのは、元の世界であればもっと動揺しただろうが、命がけのこの世界ではそんな余裕はない。


 結構お気楽な性格をしていたはずだが、変わってしまったな、と自分でも思う。


「まあ、こんな世界じゃ仕方ないよな」

「イツキさん?」

「いや、なんでもない」


 イツキは自分のステータスを見る。


 名前:イツキ=セカイ

 LV:16

 HP:121/190

 MP:85/85

 スキル:異界の扉

 加護:アレス

 加護:ヘラ


 ――二つ?


 これまで見た加護持ちは、みんな一つだった。

 セレスティアであればアテナ、シャーリーであればデメテル。

 まだ二人しか見たことがないが、迷宮都市でもトップレベルであるセレスティアが一つだったことを考えると――。


「アレス……」


 あえてイレギュラーである可能性である二つ目を言う必要は無い。

 あのセレスティアも、自分の加護は誰にも話していない言っていた。

 つまり、加護の名は切り札にも、そして弱点にもなり得るということだ。


 そう判断したイツキは、ヘラの加護の方を隠すことにした。


「ふむふむ……そしたら帰ったらギルドで、そのアレス様について調べて貰いましょうか」

「調べる?」

「はい。迷宮の加護は太古の神々から頂いていますので、それぞれどんな力を持っているか、歴史を紐解いて調べていくんです」

「なるほどな」


 その言葉で、やはり直接他人の加護を知る術はないということが分かった。


 あとは加護という存在が、この世界においてどのような力を発揮するのか……。


 ――それ次第で、俺はこの世界の生き方が変わる。


 誰にも縛られない生き方をすると決めた。

 そのためには、誰にも負けないだけの強さが必要だ。


「さあ、それじゃあ帰りましょうか」

「ああ。これからもよろしく頼む」


 イツキがそう言うと、シャーリーは少し驚いた顔をして、そのあと微笑んだ。


「はい、こちらこそ」

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