第9話 ゴブリンロード
迷宮都市ユグドラシルの地下に広がる迷宮。
一攫千金を狙う冒険者たちにとって、第十層を目指すことが、まず第一の目標と言われていた。
なぜならこの都市にやって来る者たちにとって、その『加護』を得ることこそがなによりも重要だったから。
「はーい、それじゃあ作戦を説明しますねー」
奴隷四人を少し離れたところに置いていき、シャーリーはボス部屋の前でイツキに振り返る。
「あの奴隷たちを囮にしてる間に、イツキさんの奥にある小部屋に入ってください。そこまで行けば、ゴブリンロードも手が出せないので、加護を――」
「いや」
シャーリーの言葉を最後まで聞かず、イツキは大きな鉄の扉を開ける。
「ゴブリンロードを倒して、堂々と加護を得る」
「ちょっ、イツキさん⁉」
来るもの拒まず、とでもいうつもりか。
まるで抵抗なく開いた扉の奥から蝋燭から蒼い炎がぽつぽつと灯り始め、まるでゲームのようなエフェクトが展開された。
そうして奥には、これまで見たことのない巨大なモンスター。
これまで下ってきた十階層で、イツキが戦ってきた魔物はすべてゴブリンのみ。
それは自分が狙ってそうしていたわけではなく、ユグドラシルの迷宮がそうだというだけなのだが……。
「あれがゴブリンロードか……」
玉座に座ったゴブリンロードは、今まで見てきた普通のゴブリンよりも二回りは大きい。
身体も普通のゴブリンの身体は緑色だが、目の前の存在は赤黒く、浮かび上がった筋肉は大岩すら砕きそうだ。
本来は小鬼と呼ばれるゴブリン。
しかしイツキの目には明らかに鬼――オーガの方が近いように見えた。
『グオォォ……』
「本当に、ゲームのチュートリアルみたいだな……」
玉座からこちらを見るゴブリンロードは、うねり声をあげるだけで動こうとはしない。
その代わり、ダンジョンの壁がグニョグニョと動き、そこから見慣れたゴブリンたちが現れた。
まるでボス戦の前の前座だが、一匹一匹がこれまでのゴブリンよりも威圧がある。
「ギギギ……」
「ギギィ!」
十匹ほど生まれたそれらは、まるで獣のように飛び掛かってきた。
「イツキさん! この部屋のゴブリンは外とは違って強いので、早く距離を取って――」
「問題ない」
シャーリーの悲鳴のような声を背に、イツキは向かってくるゴブリンたちの首を斬り飛ばす。
「……え?」
「もう、十分レベルは上がったから……」
一匹、二匹、三匹。
まるで予想外の出来事に、生き残ったゴブリンたちが一瞬動きを止める。
「「は?」」
そして驚いたのはゴブリンだけではない。
シャーリー、そしてその背後の奴隷たちも言葉に出ないまま、呆気に取られたよう声を上げる。
「「ギャァァァァ⁉」」
その間に、さらに二匹のゴブリンを小さなダガーで切り飛ばす。
――この世界で、レベルの差は大きい。
イツキはこのダンジョンに潜り、その階層の魔物=レベルという方程式を立てた。
実際、少なくとも戦い続けて、十層までのゴブリン相手であればそれはほぼ間違いない。
そして今、イツキのレベルは――。
名前:イツキ=セカイ
LV:15
HP:136/180
MP:80/80
スキル:異界の扉
本来レベルがその階層より二つ大きければ、無双できる。
だがこの死ねば終わる世界で、無双できる『程度』のレベルではいずれ死んでしまうと考えた結果がこれであった。
「ボスをソロで倒そうって言うんだから、これくらいはやらないとな」
たった一つ高いだけでは足りない。二つ上げて無双するだけでも足りない。
絶対に生き残るためには、敵を圧倒するだけの力が必要だった。
もっともこれは、HPという『死』までの距離を正確に見れるイツキだからこそ出来る無茶。
普通の人間であれば、とっくに死んでしまうもの生き方だった。
「ハァ!」
そうして、ゴブリンたちを一蹴。
ほとんど間もなく十個の首が地面に転がった。
『――っ⁉』
驚くゴブリンロード。
今まで自分は、運よくここまでやってきた矮小な存在を、ただ踏み潰すだけの存在だった。
恐怖に顔を歪ませ、一か八かで自分を抜こうとする人間をゲラゲラと馬鹿にしながら捻り潰すのは、最高の快感だったのだ。
だがしかし、この目の前の人間は……今までと違う!
『グオオオオッ!』
ゴブリンロードは玉座から立ち上がると、近くに置いてあった大きな棍棒を持つ。
そして威嚇するように叫び、ドシドシとイツキの方へと走り出した。
「……」
「い、イツキさん……?」
近付いて来るゴブリンロードをただじっと見つめるだけで動かないイツキに、シャーリーが戸惑った声を上げる。
『グオオ!』
ゴブリンロードは攻撃のあたる間合いに入ると、身体全体を使った大きな動きで棍棒を振り上げる。
すぐに大地を穿つように叩きつけられた棍棒によって土煙が舞い、ダンジョン内の空気が激しく揺れた。
「……本当に、ゲームだなこれ」
『っ――⁉』
ゴブリンロードの一撃がイツキに当たることはなかった。
完全に見切り、紙一重で避けたのだ。
「まず一撃」
イツキが軽く腕を振るう。
銀閃が煌めき、ゴブリンロードの腕が飛んだ。
『ギ、ギィィィィィ⁉』
叫ぶ魔物を見て、イツキの心は特に動くことない。
ゲームで魔物を狩るように、痛みに叫ぶゴブリンロードを淡々とした瞳で見る。
「……ふぅ」
イツキは今の自分が本来の自分でないことは、冷静な頭で理解していた。
まず魔物に対する恐怖がない。殺すことに対する抵抗もない。
そして当たり前の話だが、イツキは決して武道の達人というわけでもなければ、自衛官のように訓練をしてきたわけでもない。
だがそれでも、この世界で命のやり取りをしてきた騎士や戦士たちですら恐れる魔物を、簡単に殺すことが出来た。
それは、どちらが強者でどちらが弱者か、数字ではっきりとわかっていたから。
――本来の自分じゃなくてもいい。
生き残るのに、痛みも、殺される恐怖も、敵を殺す躊躇いも、そして疲れも全て邪魔だ。
このゲームのような世界に送り込んだのが神の仕業だとしても、これだけはよくやったと言えるだろう。
イツキはどこまでも冷たい瞳で、ゴブリンロードを見つめていた。
ただこれから先、自分が自由を獲得するための障害という認識で――。
『グ、グオォォォォ!』
このままでは殺される!
そう感じたゴブリンロードは、怯えた心を隠す様に残った腕で棍棒を振り回した。
まるで嵐のような攻撃だが、結局のところ当たらなければ意味がない。
すべてを避けたイツキが再び踏み込み――。
「これで、終わりだ」
『ァ――』
小さな、迷宮都市ならどこにでも売ってある鉄のダガー。
本来はこの十階層の魔物に通用するはずのないそれが、階層の
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