第8話 レベル上げ
――信じられない。
イングリッドの従者として、多くの奴隷を見てきたシャーリーから見たイツキの評価がそれだった。
複数のゴブリンを倒しても汗一つかかず、すぐに別の獲物を狩ろうと突き進む姿は悪鬼のごとく。
たしかにゴブリンは迷宮において最弱の魔物だ。
ある程度武芸を学んだ人間であれば、初めて迷宮に挑戦したとしても、第三層くらいのまでなら倒せる。
だがそれは、武芸を学んだ人間なら、という話。
先日奴隷になったばかりのイツキは、誰がどう見てもただのド素人だった。
そしてほとんどの奴隷がたった二日で死んだように、迷宮は素人が生き残れるような甘い場所ではない。
「イツキさんは奴隷になる前はなにをしてたんですかー?」
「……前も言ったろ。奴隷になる前の記憶はないんだよ」
「ああ! そうでしたねぇ……」
――ずいぶんと都合の良い記憶喪失だこと……。
「なんか言ったか?」
「いえいえなんにもー。あ、ほらまたゴブリンが来ましたよ!」
「五匹って多いな……まあこの階層なら余裕だけど」
――余裕ですか。
シャーリーは魔石の回収のため『だけ』に連れてきた奴隷達を見る。
一人でゴブリンたちに向かって行くイツキを、彼らは異常者を見る目をしていた。
その気持ちはよくわかる。
なぜならこの奴隷たちは、第三層のゴブリンすら倒せないのだから。
「あいつ、この間まで戦ったこともないって言ってたよな?」
「おかしいだろ。だってここ……『第十層』だぞ?」
魔物は一つ階層を下がるごとに、その強さが跳ね上がる。
昔まだ迷宮が出来た頃、北の帝国で勇猛を振るった騎士が第五層のゴブリン一匹に負けたのは有名な話だ。
それくらい、迷宮の魔物は『強い』。
第十層ともなれば、最弱の魔物であるゴブリンですら外部でどれだけ鍛えようと無意味なほど理不尽な怪物となる。
だというのに、イツキはそんな魔物たちを『雑魚』だと認識していた。
「……そんなこと、あり得ないはずなんですけどねぇ」
まだ神の加護も得ていない、ただの人間が。
つい先日まで、戦いのたの字も知らなかったような人間が。
『怪物』を恐れさせるような化け物になるなど、誰が想像出来ようか。
ゴブリンの首がダガー一本で飛ぶ。
鮮血が舞う中、まるで躊躇なく次のゴブリンの心臓を突き刺した。
普通、生き物を殺せば誰でも心にダメージがあるものだ。
もちろん慣れもあるだろう。
だがイツキはつい先日まで戦いなど経験もしてきたことのない青年なのは間違いない。
「それがあんな風に生き物を殺せちゃうんですから、どう考えても異常ですし、それに……」
もっと異常なのは、『加護』を受けていないはずなのに、第十層という化物の巣窟をまったく怖いと思っていないその精神性。
「さてさて、まさかお嬢様のめちゃくちゃな作戦から、こんな人が引っかかるなんて予想外もいいところでしたが……まあ今のところ反抗的ではないのでいいとしましょうか」
魔物を殺しきったイツキがこちらにやって来る。
シャーリーは奴隷たちに指示を出し、そして笑顔でイツキを迎え入れるのであった。
――第十層の魔物もゴブリンだけか……。
ある意味で安心、そしてある意味で退屈だった。
これがダンジョンモノのゲームであれば、同じ魔物しか出てこないなんてクソゲー間違いなしだ。
だがこれは現実。
生死がかかっている以上、倒しなれた敵の方がいいに決まっている。
「で、この階層にいるボスを倒せばいいんだっけ?」
「違いますよー。別に倒さなくても、ボス部屋の奥にある祭壇に手をかざせば加護は手に入ります」
イングリッドの命令は、第十層に降りて『加護』を得ること。
シャーリーの言葉の通り、ボスを倒さなくても加護は得られるらしいが……。
「本当にそれでいいのか?」
「もちろんですって。それでみんな加護を得ているんですから」
「でも、よく話に出るセレスティアはそのボスを倒して加護を手に入れたんだろ?」
「そんなのは一部の『化物』だけですって」
イツキがこの世界に転移してから三週間。
奴隷として連れていかれているときはカムイに色々と教えて貰い、ここに来てからはシャーリーから情報を得てきた。
その結果、この世界の人間はイツキが当初想像していたよりもずっと弱い。
「いや、正確には違うか……」
正確には、加護を得ていない人間は弱い、ということ。
イツキからすれば、レベルさえ上げてしまえば簡単に倒せるゴブリンですら、ほとんどの人間は苦戦する。
それこそ達人と呼ばれる者でも、第五層を突破することはほぼ不可能と言われているらしい。
「人は加護を得て、初めてダンジョンを『攻略』出来るんですからね。だからみんなお金をかけて、色んな方法を使うんですよ」
武器、アイテム、そして――奴隷。
様々な物を駆使して、加護なしの人間は加護を手に入れるのだ。
イングリッドもその一人。
彼女は奴隷をかき集めては魔物と戦わせ、生き残った精鋭を揃えたうえでダンジョン攻略に挑むつもりだった。
そのついでに、万が一セレスティアみたいに一人でもダンジョンを攻略できるような『当たり』がいればラッキーくらいの考えだったのだが――。
「当たりも当たり、大当たりですよイツキさん」
「そんなことないだろ。これくらいなら、多分誰でも出来る――」
「わけないじゃないですかぁ。一人でダンジョンの第十層に来れるだけでも化物なのに、貴方が使った時間はたった二週間……歴代最速なんて話じゃないんですからね」
このダンジョンが出来てから、多くの猛者が挑戦し、散っていった。
だが極稀に、化物と呼ばれるような者たちがダンジョンに挑戦し、そして加護を得てきた。
その中でも、セレスティアという少女は最速で加護を得たのだが――。
「おめでとうございますイツキさん! なんとちょうど一年も上書きした最速記録更新でーす」
「ああ、どうも。って言っても、まだ加護を得たわけじゃないだろ」
わー、ぱちぱちー、とやるシャーリーはともかく、魔石を拾い終えた奴隷たちの顔は引き攣っている。
同じ日に奴隷になった同僚たちだが、彼らだって魔物の恐ろしさは十分伝わっていた。
その中で、当然のようにここまでやってきたイツキは、もう絶対に逆らえない化物なのだ。
「あのセレスティアさんでも一年以上かかったというのに……イツキさんは本当に何者ですか?」
「だから記憶喪失だって」
「……まあ、今はそういうことにしておきましょうか」
――藪を突いて、ドラゴンでも出てきたら堪りませんからねぇ。
イツキから見たらこの世界はゲームだ。
そしてゲームであればシステムが存在し、その通りに動けば負けることはない。
少なくとも、今の時点であれば階層よりレベルが二つ以上高ければ命の危険はなかった。
「さあそれじゃあ、張り切ってボス部屋まで向かいましょうか」
「いや、ちょっと待って欲しい」
「え?」
「出来ればもう少し、この階層の魔物と戦っておきたい」
「え? は? いやいや、いったいなんのために? たしかに魔石は売れますが、正直お金には困ってませんし、加護を得てもっと深い層に行けばここでの稼ぎがゴミみたいなものですよ?」
まさか止められると思わなかったのか、シャーリーはちょっと戸惑った顔をする。
だがイツキからすれば、それは死活問題。
名前:イツキ=セカイ
LV:12
HP:136/150
MP:65/65
スキル:異界の扉
――雑魚ならこのレベルで問題ないが、ボス戦をソロってことを考えたら……。
倒さなくても加護は貰えるとシャーリーは言う。
だがしかし、迷宮都市で名を馳せている者たちはみな『このボスを倒してから』加護を得ている者たちなのだ。
「悪いが、あと二つはレベルを上げてから戦わせてもらう」
「レベル?」
「ようは、ゴブリンで経験を積みたいってことだよ」
おそらくこれまでの経験上、あと二日ほど第十層のゴブリンを倒せば目的のレベルまで上がるはず。
ボスはゴブリンロードと呼ばれるゴブリンたちの王らしく、普通のゴブリンよりもずっと強いという。
――ボス前にレベリングは基本だよな。
この世界で、レベルという概念が自分にしかないのは理解していた。
だからあえて理由は伏せるが、それでも今後の作戦の鍵となりうるイツキの言葉を無理に抑えることも出来るはずもなく……。
「だからボスとは戦わないって言ってるのに……まあいいです。他でもないイツキさんの言葉ですから、その我儘つきあいますよー」
そうしてシャーリーと奴隷たちは意味も分からず、ただ狂ったように魔物を狩るイツキを見守ることを決めるとであった。
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