第7話 覚悟
ダンジョンに潜ったイツキは、シャーリーに見張られながら第五層の魔物を狩っていた。
「はいはいー、奴隷の皆さんはせっせと魔石を拾ってくださいねー」
イツキと共に買われ、未だに生き残っていた四人の奴隷たちがせっせと集めていく。
その中にイツキは入っていない。
特別扱いされ、彼らを使ってるみたいで気分が良くなかったが、命の危険がない仕事なのだからいいかと思い直す。
地面に這いつくばりながら魔物の魔石をはぎ取る奴隷たちを見ていると、シャーリーが近寄ってきた。
「お嬢様は今、クランを作りたいと思ってるんですよ」
「クランって、ギルドが推奨してるチームのことだよな?」
「そうですそうです。さすがイツキさん、もうそこまでお勉強されてるんですねー」
「そういうのいいから」
ニコニコと人畜無害です、と言わんばかりの笑みで持ち上げようとしてくるが――。
――こいつの指示で何人も奴隷が死んでいるんだから油断なんて出来るはずがないよな……。
イツキにはどうしても、彼女の笑顔には裏があるような気がして信用しようとは思えなかった。
「お嬢様がこの都市にやってきたのが半年前。以前からこの迷宮都市で活躍してる人たちに比べると、後れを取ってるのが現状なんですよー。でもお嬢様ってなんでも一番じゃないと気が済まないから……」
「加護持ちを増やして、強いクランを作ろうとしてるわけか」
「正解でーす! もっとも、正確にはイツキさんみたいな『特別』な人を集めてですねー」
迷宮都市ユグドラシルの運営は、冒険者ギルドが行っている。
だが実際に迷宮を探索し、無限とも言われる資源を集めているのは各自が作ったクランだった。
大手クランの活躍によって迷宮都市は維持されていると言っても過言ではなく、そこに所属しているだけで地位と名声を欲しいがまま。
元々自国で大貴族の令嬢だったイングリッドも、そんな名声が欲しいと思いやってきた少女だった。
実家の支援を受けながら迷宮都市にやってきたのが半年前。
独立都市とはいえ、各国の大貴族の影響は大きいだろう。そう思っていた彼女は、しかしクランに所属している加護持ちたちのことを甘く見ていた。
彼らにとって都市外の貴族など、なんの関心もない存在だったのだ。
「迷宮都市ですぐに台頭出来ると思ったお嬢様は、その伸びた鼻は簡単に折られちゃったんですよねぇ」
「その割には、セレスティアって子はずいぶんと気にかけてたみたいだけど?」
「まあ実際、お嬢様の資産は結構馬鹿に出来ないものがありますから……」
どこか含みのある言葉に、なにか他の理由もあるのだろうと思う。
だがこの身は奴隷であり、彼女たちは友人ではなくご主人様。
余計なことを聞くのは身を滅ぼすと、適度に会話を切り上げる。
「魔石も回収が終わったみたいですし、それじゃあ行きましょうか。せっかくだし、第六層も行っちゃいます?」
「ああ。ここじゃもう物足りないからな」
「え? いや、普通第六層って武芸をやってた人でも半年は迷宮で戦ってから……」
冗談のつもりで言った言葉にあっさり頷かれ、イツキは下層へと降りていく。
そうしてこの日、シャーリーの予想を遙かに超えて、八階層まで降りることになった。
ちなみに、過去最速で第八層まで辿り着いた者でも一年かかっていることを、イツキはまだ知らなかった。
屋敷に戻ったイツキとシャーリーがイングリッドに結果を報告すると、彼女は呆気に取られた顔をする。
「……八階層だと?」
「はい、八階層です……」
「シャーリーが手伝ったのか?」
「いえいえ、お嬢様の目的が分かってるのに、私が手を出すわけじゃないですかー」
そんな二人のやり取りを聞きながら、イツキは自分のレベルを考えればこれくらいは当然だろうと思った。
名前:イツキ=セカイ
LV:10
HP:84/130
MP:55/55
スキル:異界の扉
――安全マージンとして、常に2レベルはあげてから先に進んでるしなぁ。
ゲームみたいに攻撃力や防御力は見えないが、イツキの感覚では階層とレベルがイコールであれば十分勝てる。
一つ上がれば複数相手にしても大丈夫だし、二つあればほぼ無双状態だ。
もっともそれも、ゲームのように痛みを感じないのと、恐怖心がなく残体力が見えているからこそ出来ることは自覚していた。
「これは本格的に当たり……いや大当たりではないか」
「でしょうねー。あとは実際に加護を得たときにどうなるかですけど、これだけとんでもない結果を出した以上、並じゃないのは間違いなさそうですよ」
普段は快活なイングリッドだが、今は興奮を抑えきれないように口元が吊り上がりそうになっている。
「そうか、そうかそうか! はーはっはっは! あのときセレスティアから無理やり奪ってでも買った甲斐があったというものだなこれは!」
「ええ、ええ! さすがお嬢様! よっ、この運だけ女! さすがです!」
「もっと褒め称えるが……褒めとるよな?」
「もちろんです! 天下を収めるのに一番大事なのは運ですから!」
「そうか? まあそれなら良い! はーはっはっは!」
ひたすら高笑いをするイングリッドとシャーリーの二人組。
人のことを奴隷にしておいて、よくもまあこんなに笑えるものだと怒りを通り越して感心してしまう。
「さてさて、こやつを奴隷にしてからまだ十日程度のはずだが……この調子ならすぐに加護も受けられそうだな。そのあとは――」
「……イングリッド様のクランに入る」
イツキの言葉を聞いて、彼女は満足げに頷く。
普通、加護を得た者は自らクランを作るか、すでにあるクランに所属する。
しかしイングリッドは自らダンジョンに潜らない。
それ自体は貴族の令嬢なので当然に聞こえるが、この迷宮都市であればその行動は異端である。
クランのリーダーは己の実力を持って仲間を引き連れ、ダンジョンを進んでいくものなのだから――。
「ふう……」
イングリッドと話を終えたイツキは自分の部屋へと戻る。
以前は他の奴隷たちと一緒の部屋で雑魚寝だったが、実力を認められてからは個室を与えられたのだ。
「加護、か」
ベッドで一人になり、今後のことについて考えた。
まず加護を得るのは大前提。そこまではきっと問題ない。
問題なのは、イングリッドのクランに入るという約束。
「いくら認められたからって、こっちが認めると思うなよ」
奴隷になったことに彼女は関係ないかもしれない。
だがしかし、奴隷の命をなんとも思っていない彼女たちに今後も服従するなどあり得ない選択だった。
一歩間違えれば自分だって他の奴隷同様、ゴブリンたちに殺されていたかもしれないのだ。
生き残れたのも、色々な要因含めて運が良かったからに他ならない。
だから――。
「俺は誰にも従わない」
イングリッドだけじゃない。他の誰の下にも付かず、自分の力だけでこの世界を生き抜く。
「そのためには、加護を得たら自分のクランを作る。そしてこの迷宮都市で誰からも認められる立場を築く」
それが奴隷という最底辺の人間になり、二度とそんな立場になりたくないというのがイツキの想い――。
「だけど……今はまだ力が足りない。世界のことも知らない。だから――」
しばらくの間、イングリッドのクランに所属するしかなかった。
その間に力を付け、世界を知り、そして誰にも負けない、誰にも支配されない強固な地盤を作るのだ。
「その後は、もう誰にも俺の自由を縛らせない」
この地獄のような異世界で生き抜くと、覚悟を決めた。
三日後、イツキはイングリッドの望み通り十階層へと辿り着く。
それは迷宮都市ユグドラシルの歴史を大幅に塗り替える、圧倒的な速度であった。
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