第6話 神の加護
ダンジョンから出ると、太陽が沈みかける時間だった。
奴隷が寄り道など出来るはずもなく、イングリッドの屋敷に向かう。
普通なら兵士に魔石を渡して、そのまま奴隷が集まる部屋に戻るのだが、この日はなぜかイングリッドの部屋に来るよう言われてしまう。
「いったい何のようだ?」
疑問に思いながらイツキが彼女の部屋に入ると、金髪ツインテールで豪奢なドレスを着た少女が困惑した様子で待っていた。
彼女の隣では、すらっとした体躯に紫色の短髪の美女がニコニコと笑っている。
イングリッドの腹心で、シャーリーという名だ。
「イングリッド様、どうされましたか?」
「なあイツキよ。なんか、魔石多くないか?」
「まあ、結構頑張りましたから」
袋一杯に詰め込められた魔石は、彼女に与えられたノルマの三倍ほど。
しかも本来言われていた第三層ではなく、第四層、そして第五層の分も混ざっている。
迷宮探索を管理している冒険者ギルドがきちんと鑑定しなければバレることはないだろうし、明日から第四層に行くのだから混ざっていても問題ないだろう。
「頑張った……頑張ればこの量、奴隷一人でなんとかなるのか?」
「いやいやー、普通の奴隷じゃこれ、絶対無理ですって」
「そうよなぁ……」
イングリッドは十六・七歳くらい。
そしてシャーリーは二十歳を少し超えたくらいだろう。
どちらも絶世と呼べるほどには美人だが、自分を奴隷扱いする人間に好意を抱けるはずはない。
それでも態度に出さないのは、カムイに教えて貰ったことだからだ。
「なんにせよ、ようやく見つけた候補ってことですから、ラッキーと思いましょうよお嬢様」
「うむ、そうだな。やはり我は天運にを持っておるわ! はーはっはっは!」
「流石ですお嬢様! 天才天才大天才!」
高笑いをするイングリッドと、その太鼓持ちをするシャーリー。
その二人の言葉に、イツキは首をかしげるしか出来ない。
「見つけた候補?」
いったいなんのことだろうか?
あんなやり方、というのが奴隷のまとめ買いなのはわかるし、そこになにか明確な目的があったということだろう。
ただまだこの世界に来てから日が浅く、しかもまともに人とのコミュニケーションが取れていない今、情報があまりにも不足していた。
自分が彼女の目的に合う人間だったとと言われても、やや困惑してしまう。
イツキはなにか特別なことをした自覚はない。
ただ死にたくないから、死なないように少し無茶をしただけだ。
それが、端から見たら異常なレベルの無茶だというのは、本人だけが気付いていないことだが……。
「最初はセレスティアが目を付けた男だから嫌がらせをしてやろうと思っただけだったのだが……むむむ」
「結局、あの人の見る目が正しかったってことになっちゃいましたねー」
「むむむむむー!」
不貞腐れた顔をするのは、納得がいかないからだろう。
「まあ今は我の物だから良い! イツキよ!」
「……はい」
「お主は他の奴隷とは違う! それゆえに!」
まさか奴隷から解放か? と期待を胸に抱いていると――。
「第十層にある祭壇に向かい、そして神の祝福――『神の加護』を得るのだ!」
イングリッドの命令は、想像以上にハードルの高いものだった。
迷宮都市ユグドラシルは昔、東西南北にある四つの国によって共同で運営されていた。
しかし迷宮で『神の加護』を受けた者が現れると、状況は一変する。
加護を受けた者たちが、迷宮都市ユグドラシルをどの国にも属さない『独立都市』として旗揚げをし始めたのだ。
当然各国は怒り、そんなことを言いだした者たちを処刑すべしと動き出す。
しかし英雄の加護を受けた人間の強さはあまりにも強大で、さらに迷宮都市自体が反乱を是としたため、逆に軍隊が返り討ちに合うことになった。
そうして力づくで独立都市となった迷宮都市ユグドラシルは『冒険者ギルド』と呼ばれる組織によって運営されることとなる。
イツキがイングリッドに十階層を目指せと言われてから三日。
これまでと違い、シャーリーがお目付役として迷宮に付いてくるようになった。
『大当たり』と認められて、絶対に死なさないようにしよう、ということらしい。
「それで、この迷宮都市が出来た由来はわかったけど、それと俺にいったいなんの関係があるんだ?」
「もう、イツキさんはせっかちですねー」
奴隷という立場上、主人の側近相手にため口は不味いかと思ったが、元は彼女から提案だ。
――あまり距離を詰めたいとは思わないんだけど……。
とはいえ、否定し不評を買う方が不味いと思い、今は普通にタメ口を使うようになった。
「大切なお嬢様を戦わせるわけにはいかないので、ああして奴隷を集めて有望な方には加護を与えちゃいましょー、ということです」
「それは分かったけど、それならもっと奴隷を大切にして、数を増やせば良いじゃないか」
「管理できない加護持ちが増えすぎると、勝手なことをしちゃうかもしれませんから。それに、誰でも加護持ちになれるわけじゃないんです」
イツキがいつも通りゴブリンを殺しながら、シャーリーの話にも耳を傾ける。
「条件があるのか?」
「あるっぽいんですけど、困ったことに全然わからないんですよねー。ただ弱い人は加護を貰えないことが多いので、もしかしたらなにか神様にしか見えてない力でも見てるのかも、なんて言われています」
話をしながら、再び魔物を殺す。
命がけの戦いのはずだが、今のイツキにとってこの階層の魔物であれば片手間でも余裕であった。
そんな様子を、イングリッドの腹心であるシャーリーはいつも通りニコニコと笑っている。
――デメテル……か。
意識してシャーリーを見ると、なんとなく聞き覚えのある神の名前が彼女に頭上に現れた。
これは以前、セレスティアを見たときと同じ現象。
――つまり、これが『神の加護』なわけだ……。
セレスティアはアテナ、シャーリーはデメテル。
神の名を知られるのはあまり良いことではないらしく、シャーリーもイングリッド以外には教えていなかった。
それを見られるということにどんな意味があるのか、まだイツキにも分からない。
――だけど、絶対に何かある。
なにせ、このステータスを見る力とゲームのような感覚。
そして加護の名前を見ることがだけがイツキに与えられた異世界チートなのだから。
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