第5話 迷宮探索

 じめじめとした地面には、小さな鬼のような生き物の死体が並んでいる。


 そんな中、イツキは雄叫びとともに、手に持ったダガーを小鬼――ゴブリンの首に振り下ろした。


「うおおおおおお!」

「ギィィ⁉」


 最後の一匹が断末魔を上げて地面に倒れたところで、ようやく自分以外に立っている者がいないことに安堵する。


「はぁ、はぁ、はぁ……ふう」


 血に塗れた地面は踏むことにも慣れ、そのままゴブリンたちの腹を割いて魔石を取り出した。


 洞窟の中だというのになぜか光が灯された場所――ユグドラシル大迷宮の地下三層。

 それが今、イツキのいる場所であった。


 すべての魔石を袋に詰め込むと、イツキは手を前にかざす。


「ステータスオープン」


 名前:イツキ=セカイ

 LV:5

 HP:64/80

 MP:30/30

 スキル:異界の扉


「こうして見ると……レベル、結構上がったなぁ……」


 イツキがイングリッドに買われてから五日が経った。

 

 あの日いた奴隷はすべては使い捨てのつもりで買われたらしく、迷宮の説明を受けたその翌日には放り込まれた。


 やれと言われたのは、魔物を倒して魔石を持って帰ること。

 ただそれだけの命令で、初日に奴隷の半分が死んで、その翌日には更に半分に。


 まさにこの世の地獄だ、と悪態を吐くのも仕方が無いだろう。


 結局、最初に二十人以上いた奴隷達で今も生き残っているのはたったの五人。

 その四人も今日死にかけてダンジョンから撤退し、今はイツキだけが残った形となる。


「……感傷に浸ってる場合じゃないか」


 魔石の量は十分ノルマを達成している。

 あとはこのまま地上に戻り、イングリッド家の人間に渡せば仕事は終わりだ。


「だけど、このままじゃ駄目だ」


 今帰れば少なくとも休むことは出来る。だがしかし、明日生き延びられる保証はない。


「行くか……レベル上げに」


 イツキは奥に見える階段に向かう。

 死にかけた奴隷達を送り届けるため、見張りはもういない。


 明日生き延びるために、今日無茶をする。

 それが奴隷として買われてから、今日までのイツキの行動だった。




 ゴブリンの腹に剣を刺す。

 断末魔が迷宮内に響くが、気にせず次のゴブリンに。


「……次」


 殺す、躱す、殺す、殺す、殺す。


 次々と死んでいくゴブリン達に同情などせず、イツキはただ機械のように魔物たちを殺していく。


「あ……」


 持っていたダガーをゴブリンに突き刺した段階で、折れてしまう。

 

「やっぱり、ブロンズ製はあんまり保たないな」


 迷宮の魔物たちは待ったなどしてくれないし、ゴブリンだって自分たちが死なないために武器を持って襲い掛かって来る。


 イツキは剣を手から離し、腰からダガーを手に取る。

 これらは先に撤退していった冒険者たちから貰ったものだ。


「さて……次」


 襲いかかってきたゴブリンを、再び返り討ちにしていく……。




 一緒に買われた奴隷たちが死んだのは、仕方がないことだった、とイツキは思う。


 イツキが生き延びれたのは実力があったからではない。

 まず第一に、セレスティアのおかげでイツキに興味を持ったイングリッドが、特別に剣と小盾を用意してくれたから。


 他の奴隷たちはブロンズ製のダガー一本のみ。

 ダンジョンにおいて装備というのは非常に重要で、その一点だけでも大きな差となった。


 また、戦闘に対する『恐怖』がなかったことも大きい。


 セレスティアを怖いと思ったため、恐怖という感情そのものが失われたわけではないはずだが、殺し合いをしているのに他人事のような感覚になるのだ。


 生き物というより、人形を相手にしている気分。

 現実よりも、リアリティのあるゲームをしているような感覚。


 魔物を殺す際にも、まったく躊躇いというのは、あまりにも大きなアドバンテージだった。


 なにより――。


「……痛みを感じないのが、余計にそう思うのかも」


 まるで自分が自分じゃないような感覚だが、そうじゃなければとっくに魔物たちの餌になっていたと思うと、否定ばかりもしていられない。


「レベルが上がると強くなれる」


 この異界の扉という名のステータスウィンドウ。これもイツキの感覚をおかしくする原因だった。

 なにせ痛みがなく、そしてHPという明確な基準があるというのは、どこまで戦っていいかの指標となるのだ。


 他の奴隷たちと違い、イツキがダンジョンで余裕をもって生き延びられたのは、様々な要因があったということである。


「はぁ!」

「ギャァ⁉」


 第四層で現れた三匹のゴブリンを順番に狩る。

 レベル5のイツキにとって、第四層の魔物は余裕をもって倒せる相手だった。


「今のところレベル=階層の魔物って感じだけど……この先どうなるかわからない以上出来るだけ上げて危険を無くしないと」


 奴隷たちにとってイングリッドの命令は絶対。

 もし明日、第四層の探索を要求されれば今日リタイアした四人はもう耐えられないだろう。


 そうなればこの階層で魔石を集めるのは自分一人となり、面倒なことに――。

 

「あぁ、くそ……感覚麻痺してるなぁ」

 

 普通の日本人ならきっと、ここで一緒に戦ってきた奴隷たちが死なないように立ち回るべきだと主張するだろう。


 だが今のイツキはそう考えられなかった。

 そんなことより、自分が生き残る方がよほど重要だったからだ。


 ダンジョンに潜った初日、自分だけアイアン製の武器を渡された。

 エコ贔屓だと睨まれ、絡まれたが……それでも死んで良いと思うほどではない。


「結局そいつも最初に死んだけど」


 唯一強い武器を持った自分なら、助けられたかもしれない。

 しかし自分が最優先なのだ。

 いつか、他の奴隷も助けられるくらい強くなれるよう、今日頑張ればいいのだ。


「よし、やるか」


 イツキは近づいて来るゴブリンたちに襲い掛かり、途中で第五層の階段を見つけたため、更に降りてゴブリンを殺す。


 そうしてレベル7になるまで、ずっと戦い続けた。


 この世界でレベルという概念が見えるのはイツキだけ。

 そしてこれまで戦いをしたことのない人間が、たった五日で四階層の魔物たちを蹂躙出来る強さを持つ異常さ。


 一人で戦っているため自覚が出来ないまま、イツキはこの日の戦闘を終わらせるのであった。

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