第3話 迷宮都市ユグドラシル
「……あれが迷宮都市ユグドラシル?」
「私も初めて見たけど、これは凄いね……」
ずっと荒野だった馬車の外の景色は緑豊かな大地に変わり、地球ではあり得ないほど巨大な大木が威風堂々とそびえ立つ。
大樹を囲う城壁はあまりにも広く、どれだけの人が住んでいるのか想像も出来ないほどの巨大都市。
あまりのスケールの大きさに圧倒されるイツキだが、これから行われる出来事に憂鬱な気持ちを隠せずにはいられなかった。
「……奴隷、か」
カムイ曰く、自分たちは迷宮探索をするための奴隷として売られていくらしい。
城門を通り、迷宮都市ユグドラシルの中を馬車がゆっくり走る。
鉄格子の外に見える光景は、昔のヨーロッパを思わせる街並みだ。
同時に、地球では絶対にお目にかかれない存在もたくさん歩いてた。
「獣人に、あれはリザードマン?」
「そういうのは覚えてるんだ」
「……なんとなく、頭に浮かんだ感じかな」
エルフがいたのだから、他の種族がいてもおかしくはない。
しかりゲームや映画以上にリアルな彼らは、今のイツキには簡単に受け入れられそうになかった。
「……まるで動物園のパンダになった気分だな」
人も、人以外の種族も多くいる街の中、彼らにジロジロと見てくる。
この都市で奴隷は見慣れたものだが、迷宮探索で必要な『物』でもあるため、通りがかりに品定めでもしているのだろう。
「おら! 着いたぞテメェら!」
しばらくすると建物の前に馬車が止まり、山賊たちが動き出す。
鉄格子が空けられたが、逃げる隙はなかった。
一人、また一人と降ろされていく中、ただ居心地の悪い時間が過ぎていく。
「これを着けろ!」
鉄格子の隙間から渡されたのは、黒い金属で出来た首輪。
嫌な予感しかしないが、選択肢もない現状では身に着けるしか方法はない。
「よーし、全員着けたな? それじゃあ行くぞ!」
まるでそれが当然だと言わんばかりに、普通に馬車から降ろされた。
――全員が一気に逃げたら、一人くらいは逃げられるんじゃ……?
「駄目だよ」
「カムイ……?」
「これは奴隷の首輪。これを着けた時点で、私たちはもう逃げられない」
小さな声でそう教えてくれた彼女に感謝する。
もし逃げ出していたら、そのまま殺されていたという。
「はぁ……本当に、夢なら早く覚めてくれよ……」
イツキたちが連れていかれたのは、奴隷商人が経営している店だった。
人間、獣人、他にも見慣れない種族など、先に捕まっていた奴隷たちが鉄格子の中で人生を諦めたような顔をしている。
――気分が悪い。
あまりにも非現実的な光景に、イツキは今すぐ怒鳴り散らしたいところだった。
だがそれは出来ない。
逆らえばこの首輪のせいで殺されてしまうし、仮に首輪がなくても自分のレベルは1。
仮にこの世界で特別な役割を持っていたとしても、弱くてすぐ死んでしまう状態なのだ。
「お前はこっちだ!」
「……それじゃあイツキ。ここでお別れだね」
「ああ……カムイ、色々教えてくれてありがとうな」
「うん、お互い生き延びよう。君に精霊の御加護があらん事を」
そうして奴隷商によってカムイが連れていかれる。
エルフの奴隷は非情に貴重で、貴族や大手クランなどが求めるため、普通の奴隷と違う場所で丁寧に扱われるらしい。
もし馬車の中で倒れていたのが普通に人間だったら、あのまま見殺しにされていた、とカムイは言っていた。
だから彼女の扱いがここから悪くなることはないだろう。
親切にしてくれた彼女がマシな待遇なことは、ほんの少し羨ましいという気持ちと、ホッとした気持ちが両方混ざる。
「人の心配してる場合じゃないか……」
着ていた服は剝ぎ取られ、布の服一枚で鉄格子の中に入れられる。
奴隷として求められる要素はいくつかあるが、一番に求められるのは腕っぷしだ。
なにせこの迷宮都市では、冒険者たちが毎日のようにユグドラシルの大迷宮に挑戦し、そして多くの者たちが死んでいく、命の価値などあってないような世界。
そのため権力者たちは死んでも困らない奴隷を買い集めて、上手く育ったものをお抱えの冒険者として更に深層へと進めさせていくらしい。
カムイが無理に逃げ出さなかったのも、自分の価値をきちんと理解していたからだ。
買われる相手にも寄るが、あの場で逃げ出すよりも従順な姿勢を見せておいた方が奴隷としての価値が上がる。
そうなれば奴隷商も、出来るだけ良い買い手に売ろうとするので、安全性が増すのだ。
「どうせ逃げられないんだから、可能な限り生き延びる確率を上げるべき、か」
イツキにとってカムイはこの世界で初めて出来た味方だ。
だから彼女の言う通り、愛想良くし続けていたのだが――。
「こいつ、目つきが気に入らんからいらん」
「なんだこのひょろひょろ。見た目はマシだが、これじゃあすぐに死んじまう」
「手を見せなさい。豆一つない……鍬も握ったことなさそうなくらい綺麗ね? いらないわ」
「人族は弱いから肉壁にもならんでおじゃる」
出来るだけ良いお抱え冒険者になれば奴隷からも解放される。だから反抗的な態度は見せちゃ駄目だ。
カムイの言葉を信じ、やってきた購入者たちに笑顔を見せながら従順な態度を心がけてきた。
だがしかし、求められるのは戦える奴隷。
下手をすればこの世界の貴族以上に裕福な生活をしてきたイツキの見た目や肉体では、とても買う手がつかなかった。
そのうえでこのような罵倒などを受けるのだ。
人間には我慢の限界というものがある。別名堪忍袋の緒。
道具のように扱われ、来る者来る者そんな言い方をされれば、イツキの笑顔も引き攣るのも仕方がないだろう。
「おい! 言っとくが、このまま売れなかったら変態どもに売り払うからな!」
反抗的な雰囲気を感じ取ったのだろう。
奴隷商が鞭を持ってきて地面を叩きながら怒鳴ってきた。
戦奴は死ぬ可能性が高いが、変態に売り払われたら死ぬ以上に惨いことになる。
そう思って再び従順な態度を取り続けていると、一人のお客が入ってきた。
「失礼するわ」
コツ、コツ、スニーカーでは出ないような甲高い音を鳴らしながら近づいてくる。
「あ……」
「っ――⁉」
奴隷商の表情が変わる。
同時に、イツキもこの場の空気が一変したのがわかった。
「……今日はこれで全部かしら?」
赤髪を後頭部で纏めた少女が奴隷の並ぶ檻を見渡し、一言呟く。
その言葉一つで、目が離せなくなった。
それほどまでに、この紅い髪の少女は圧倒的な存在感を宿していたのである。
少女の言葉に、奴隷商が慌てて取り繕うような声を出した。
「こ、これはこれは! リィンガーデン様! ようこそいらっしゃいました!」
紺をベースに金色のラインが入った、軍服と制服を合わせたような服装の少女は、少し小柄な高校生くらいにも見える。
だがその身から放たれる龍のごとく鮮烈な気は、これまで見てきた誰とも違う雰囲気があった。
事実、今まで偉そうだった奴隷商人がペコペコと頭を下げており、この都市の大物なのだろう。
「ここの奴隷もだいぶ質が下がったんじゃない?」
「いえいえ! 高名なリィンガーデン様がお求めになるような奴隷は、もちろん別の場所にご用意しておりますとも!」
家畜でも見るような冷たい瞳で奴隷たちを見渡す少女と、そのご機嫌取りをする奴隷商人。
今までとはだいぶ変わった客に、奴隷たちの視線が集中する。
「……なんだあれ?」
当然イツキも少女を見るのだが、不意に彼女の頭上に『アテナ』という文字が浮かび上がってきた。
「アテナ……?」
「っ――⁉」
イツキがそう呟いた瞬間、セレスティアと呼ばれた少女が心底驚いたように反応し、そして――。
「貴方……今何か言ったかしら?」
嘘を言えば殺す。
そんな雰囲気を纏わせて、問い詰めてくるのであった。
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