第2話 奴隷の馬車にてエルフ

 イツキが奴隷に捕まった翌日。

 目を開けると自分の部屋、ということはなく相変わらず馬車の中だった。


 ガタガタと荒れた大地を進む揺れと悪臭は、否応なしにここが現実なんだと理解させられる。


「えっと……」


 ただ、寝る前と異なることもあった。

 目の前に銀髪の美少女がいて、サファイアのような蒼い瞳でじっと見つめていたのだ。


「あ、起きた」

「……おはよう、ございます」

「うん、おはよう」

「ところで、これはどういう状況ですか?」


 体勢的に、後頭部に感じるとても柔らかい枕は彼女の太腿なのはわかる。

 問題は、このほとんど面識のない彼女がなぜこんなことをしているのか、だ。


「えっと……君が苦しそうにしてたから」

「そっか。ありがとう」

「先に助けてくれたのは、君だから」


 淡々と喋る子だ、と思いながらお礼を言って頭を上げる。

 少女の顔色は、先ほど倒れたときとは比べてだいぶ良さそうだ。

 山賊達からはきちんと手当をされたらしい。


 ――これが、エルフかぁ。


 盗賊もそう言っていたし、耳も尖っていたのでそうだろうと思っていた。

 同時に、ファンタジーな種族を見ると半信半疑だった異世界がより現実味を帯びてくる。


 種族としての特性なのか、こうして真正面から見ると凄まじい美少女だ。

 ローブを全身に纏っているため分かり辛いが、高校生くらいに見える。


「俺は世界せかいいつき

「セカイイツキ? 変わった名前だね。部族特有なのかな?」

「世界が苗字で樹が名前だよ」


 そう言いつつ、イツキはしまったと思う。


 ここが異世界なのだとしたら下手に苗字を名乗るのは不味かったかもしれない。

 どういう風に成り立っている世界かわからないが、苗字=貴族という方式が成り立つと後々面倒だ。


 だがそんなイツキの不安は杞憂だったようで、少女は特に気にした様子は見せず、柔らかく微笑むだけ。


「それじゃあイツキって呼ぶね。私はカムイ=シェラハザード。シェラハザード大森林のエルフだ」

「ああ、よろしくカムイ」


 ――シェラハザードとはずいぶんと格好良い名前だな。


 大森林と言っているので、風景のイメージはなんとなく浮かんだ。

 この世界がどんな世界かわからないが、とりあえずネット小説やゲームに変換していくことにした。


「イツキ、さっきは本当にありがとう」


 そんなことを考えていると、カムイは頭を下げてきた。


「君が声を上げてくれなかったら、私は死んでたかもしれない」

「俺がやらなくても、誰かが……」

「そう思う?」

「……思わないな」


 一緒に馬車に乗っている人間たちはみんな絶望した様子で、うめき声一つ上げない。

 きっと自分が捕まるよりも前に、散々な目に遭ってきたのだろう。


―― もしくは貧困な村で人減らしのために売られてきたか……。


 異世界物では定番であるが、こうしてリアルでそれを見る陰鬱とした雰囲気は、想像とは比べものにならないほど不安がこみ上げてくる。


 少なくとも両親が亡くなるまで良好な仲だったイツキには、家族に売られたときの絶望は理解出来なかった。

 おそらくここにいる誰に話しかけても返事はないだろう。


 普段からあまり空気を読まないイツキでも、それはよくわかった。

 だからこそ、こうして話しかけてくれたカムイの存在はとても貴重だ。


「あのさ、俺って気付いたら荒野にいたんだ」


 適度に雑談を繰り返したあと、イツキは自分の境遇を彼女に話してみた。

 異世界からやってきたなんて言えるはずがないので、記憶が曖昧だと嘘を吐いてだが。


「そうなんだ……大変だったね」


 すべてを聞いたカムイは、イツキの優しく頭を撫でる。

 まるで子どものような扱いだが、この世界で誰も味方がいない今、こんな行為一つがとても身に染みた。

 カムイの手から感じる温かさに、自分の心が思っていた以上に弱っていたらしいと気付く。


「イツキは迷宮都市のことはわかる?」

「……さっきあの男たちが言ってた場所だよな? それも全然わからないんだ」

「そっか。ならそこからだね」


 そうしてカムイが語ってくれたのは、この世界についてのこと。

 

 大陸には四つの国が存在し、その中心にはどの国にも属さない空白地帯があった。

 そこは資源もなく、たとえ領地にしても旨味はない、それどころか不良債権にしかならないような不毛の大地。


 しかし百年前、そんな場所に突然大樹が現れた。


「大樹の名はユグドラシル。どの国も手を出さないような死の大地に生まれた大樹は、瞬く間に世界を変えたんだ」


 雨一つ降らないはずだった土地は緑と水で豊かになり、動物たちが集まるようになった。

 資源が増え、人は集まり、そして経済が回る。


 ユグドラシルがどのようなものなのか、誰にも分からない。

 それでも資源豊富となった大地を各国が逃すはずもなく、ユグドラシルの大地を自国の領土だと主張し始めた。


 二国間であれば、戦争をして取り合えば終わりだ。

 だが四国が主張してしまえば、もはや単純な戦争では終わらない。

 どこかが強硬な手段を取ってしまえば、他の三国によって攻撃されてしまうのだから。


「どこか一国が強いってわけじゃないんだ」

「そうだね。力の大小はある程度あるけど、一国で全部を相手取れるような国はないかな」


 結局、ユグドラシルの大地はこれまで通りどの国の領土ではなく、四か国で管理することに決まった。

 大樹を中心に東西南北にそれぞれ国のエリアを作り、中心には干渉不可地として世界一の大都市を作り上げる。


「……なんでそうなったんだ? いくらなんでも、共同管理なんて長く続くはずがないと思うんだけど」


 資源は有限なのだから、仮想敵国と一緒に街づくりなんで出来るはずがない。

 そう思ったイツキだが、カムイは馬車の進行方向にうっすら見える大樹を見ながら答えてくれる。


「大樹ユグドラシルの根元に『大迷宮』があることがわかったんだ。そしてそこには――無限の資源が眠ってる」


 それからカムイは色々なことを教えてくれた。

 その中で一番大事なのは、今後の自分たちがどうなるか。


「イツキ、私たちはこれから奴隷として売られるんだ」

「うん」

「大迷宮を攻略する、いつ死んでもいい『使い捨ての冒険者』としてね」


 揺れる馬車の中、カムイが真剣な表情でイツキを見つめながらそう言った。

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