俺だけレベルが見える異世界英雄譚

平成オワリ

第1話 突然の異世界

 気が付けば見覚えのない荒野だった。


「は? なんだこれ?」


 意味不明な状況を前に、イツキはただ呆けた声を上げてしまう。


 イツキは東京都に住む大学一年生。

 つい先ほどまで、自宅で課題をしていたはず。


 それが今、ネットでしか見たことのないような荒野に一人でぽつんと立っていた。

 意味が分からなかったのは当然だろう。


「おいお前らこっち来いよ! ガキがいやがるぜ!」

「お、マジか! ラッキーじゃねぇか!」


 少し離れた岩場の影から一人、二人と出てくる男たち。

 見た目は山賊という雰囲気が良く似合う。


 というより、手に持った鈍い光を放つ凶器は、テレビの撮影でなければ山賊以外の何物でもなさそうだった。


「いやいや、現実に山賊なんているわけないって……」


 今起きている出来事が現実とはとても思えないイツキは、やれやれと肩をすくめる。

 こういうとき、慌てちゃ駄目だって死んだ両親が言っていた。


 きっとこれは夢とかそんな感じだ。

 夢にしては地面の感触や顔にあたる風なんかリアルだが……という思いはいったん横に置いておく。


 イツキはとりあえず、近づいて来る山賊っぽい人たちと対話を取るべく笑顔を見せて――。


「ひひひ! 若い男は奴隷として高く売れるからなぁ!」

「女と違って多少怪我をしても構わねぇ! 絶対に逃がすんじゃねぇぞ!」


 イツキは背を向けて走り出した。


 ――あれは対話が通じる相手じゃない! だってなんか剣みたいなの持ってるし!


「あ! 逃げたぞ!」

「追いかけろ!」


 慌てて追いかけてくる山賊たち。だがイツキは大学こそスポーツをやっていないが、元々ガチガチの陸上部員。


 まだ衰えるような年齢でもなく、かなりの速度で山賊たちとの距離を空けていく。


「はっ! こちとら高校まで陸上部だったんだ! そう簡単に捕まえられると思うな――」


 振り向けば、馬で一気に迫ってくる山賊の姿。


「……馬は反則じゃないですか?」


 見晴らしのいい荒野。

 そんな場所で人間が馬から逃げられるはずもなく、イツキはあっさり捕まるのであった。



「くそぉ……」

 

 現在、盗賊に捕まったイツキは鉄格子で囲われた馬車で運ばれている。

 同じく奴隷として捕まった老若男女とともに、大した舗装もされていない道をガタガタと進む。

 

「……ここはどこなんだよ」


 変わることのない外の景色を見ながら呟く、何度目ともなる自問に答えてくれる人はいない。


 自分と同じく捕まっている人たちはみな生気のない顔をしていて、こちらを一瞥することすらしないからだ。


 幸いだったのは、追い付かれてからは下手な抵抗をせずに捕まったおかげで怪我をしなかったこと。


 最悪なのは――トイレが壺だったこと。


 見知らぬ男がいきなり股を開いてトイレをし出したのを見たイツキが、吐き気を催してしまったのは仕方がないことだろう。


「とりあえず夢じゃないのはわかった」


 その証明となったのが、男から出されたクソの匂いだというのだから最悪な気分だが……。

 とはいえ、夢じゃないならなんなのだ、という気持ちはある。


「テレビのドッキリ……でもないなら、まさか異世界とか?」


 イツキは暇つぶしにネット小説を読む男だった。


 有名どころの作品は抑えているし、ランキングの上位作品で気になったものも読むので、異世界転生というジャンルに対してもまあまあ詳しい。


 だがまさか自分の身にそれが振りかかるとは思わなかったし、なにより現実にあり得るとは思っていなかった。


 イツキは現実主義者なのだ。

 だからここが本当に異世界だなんて信じられないし、どこかに誘拐された方がまだ信じられる。


「だいたい異世界なんてあるわけ――ステータスオープン」


 疑いながらも一言、イツキの目の前に半透明の四角いウィンドウが現れた。


 名前:イツキ=セカイ

 LV:1

 HP:24/30

 MP:10/10

 スキル:異界の扉


「……出ちゃうのかよ」


 イツキは現実主義者である。そして目で見たものを信じるタイプでもあった。

 だっから彼の中ではもう、ステータスウィンドウが出た時点で異世界確定となってしまったのである。

 

「鏡がないからわからないけど、感覚としては自分の身体、だよな……」


 転生したとか憑依したとかいうわけではなさそうだ。


「なるほど、ってことは俺は異世界に転移したのか……」


 正直叫びたくなるほどビックリしたが、こういうとき慌てちゃ駄目だって死んだ両親が言っていた。


 なによりここで不自然な行動を取れば、外で剣を持ってる怖いおじさん達になにをされるかわかったものではない。


 だからイツキは心の中でだけ叫びまくっておく。

 ついでに自分を連れ去ろうとしている男たちにたいして罵詈雑言を言いまくる。 


「……ふう」


 一時間ほど心の中で叫んだイツキは、大きく息を吐いてようやく冷静になった。


「ステータス……ステータスかぁ……」


 いくら現実主義者で、実際に目の前にあるとはいえ、それでもやはり信じがたくて頭を抱えてしまう。


「それに異世界かぁ……」


 改めて異世界転移について考える。

 イツキの持つネット知識だと、神様にチートを貰ってこの世界の闇と戦うのが一般的だ。

 もしくは異世界交流とか、のんびり好きに生きるだけでもいい。


 ただどういう理由で転移したとしても、大事なのは神様からチートを貰うこと。

 そうじゃなければ大した知識も持っていない大学生が、過酷な異世界で生き延びられるはずがないのだから。


「詰んでるじゃん……」


 当然だが、いきなり荒野に放り出されたイツキは神様になんて出会っていないし、チートも貰っていなかった。


 唯一チートっぽいスキル、異界の扉だが……おそらくステータス画面のことだろう。


 一部とはいえ自分の能力がわかるというのはありがたい。

 しかし今必要な能力かと言われると、残念ながら役に立たないスキルである。


 だからこそイツキが選んだ選択は、慌てず流されるということ。

 

 奴隷として売るつもりなので、大人しくしていれば怪我をさせられることないはずだからだ。


「逃げ出すチャンスはきっと来る……」


 揺れる馬車の中、外の景色を睨みながらそう考えていたら、目の前で座っていた奴隷の一人が倒れた。


「え? ちょ――?」


 小汚いマントにフードで顔を隠していたのは、美しい銀髪を肩口ほどに伸ばした少女だった。

 耳は尖り、エルフと呼ばれる種族だと思うより先に身体が動く。


「おい、大丈夫か⁉」

「ぅ……」


 百七十センチと平均的な身長の自分より小柄な少女。

 顔色は悪く、おそらく体力も相当消耗しているのだろう。


 馬車の中の奴隷たちは動かない。まるで自分達には一切関係ないと言わんばかりだ。


「おい誰か! この子ヤバいぞ!」


 イツキが外に向けて叫ぶと、周りを歩いていた山賊の一人が中を覗く。

 そして一度ため息を吐くと、馬車を止めて中に入って来た。


「ったく、よりによってエルフじゃねえか」

「こいつは高く売れるからな……仕方ねぇ、少し休憩だ!」


 山賊たちの声に心配というものはない。

 ただ商品の質が落ちないか、そんなことだけを考えているのがよくわかった。


「……クズどもが」


 外に運ばれていくエルフの少女を見送りながら、イツキは小さく呟く。

 それに気づいたのか、外に出ようとした山賊の一人が戻ってきた。


「なんか言ったか?」

「……いえ、なにも」


 敵意はありません、という風に笑顔を見せる。


「ははは。そうか、よ!」

「うぐ!」


 だがそんなイツキを山賊の一人が顔を思い切り殴ってきた。

 馬車の地面に転がるイツキを、山賊が険しい顔で見下してくる。


「この状況で笑ってんじゃねえよイカレ野郎が! テメェはこれから迷宮都市で奴隷として死ぬまで働かされるんだ! 絶望して生まれてきたことを後悔しやがれ!」


 山賊は鉄格子を勢いよく閉め、再び馬車の中に静寂が続く。

 誰も殴られたイツキのことを助けようとはしない。

 だがそんなことが気にならないほど、イツキは困惑していた。


「は、ははは……なんだこれ?」


 イツキは開きっぱなしになっていたステータスを見る。


 名前:イツキ=セカイ

 LV:1

 HP:20/30

 MP:10/10

 スキル:異界の扉

 

 わずかにHPが減っていた。

 だがそんなことよりも、もっと異常なことがある。


 それは――山賊に殴られても『痛み』がなかったことだ。


「これじゃまるで……ゲームじゃないか」


 衝撃はあった。だがまるで痛みはない。

 ただ本能的に、このHPが0になった瞬間、自分は死ぬのだということはわかった。


 あまりにも非現実的な中で、さらにゲームのような状況だと、もはや自分のことなのに他人事にも思えてくる。


「……はぁ。もういいや」


 どうせ今、イツキに出来ることはなにもないのだ。

 あまりにも情報量が多すぎて、もう脳が処理しきれないのだから仕方がない


「迷宮都市、か……」


 先ほどの山賊の言葉を思い出し、今後訪れるであろう自分の運命に少し不安を感じた。


 そんな不安を払拭するため、馬車に横たわり、妄想の中でだけ山賊たちをボコボコにしておこうと思って目を閉じる。


 妄想の中の自分はとても強く、異世界であっても楽しく過ごせるのだから――。



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