第96話 お仕置きします。

「葉山さん、今日は色々と勉強させてもらったよ。本当にありがとう」


「私がいかに世間に疎くて、こうしたお仕事に対して色眼鏡で見ていたか、本当に反省させられました」

 エレベーターホールでお見送りされていた暁子さんの両親は、口々に葉山店長への感謝を述べて深々とお辞儀をした。


「これからも暁子を宜しくお願いします」


「ええ、勿論です。当店で働いてくださる限りは安心して下さい」


 葉山店長がそう柔らかい表情で言うと、ご両親とも安堵した様子だった。


「それで、あのエリカさんと言う方は……」

 心配そうにお母さんが尋ねると葉山店長は、


「店のルールを犯したので、無罪放免とは参りません」

「そうですか……でも、なるべく寛大な処置をお願いします」

 

 要するに店のNo. 1を巡ってエリカさんはりおん暁子さんとライバル関係にあって、仲井さんの手癖の悪さを利用してご両親から辞めさせられるように仕向けたと言う事だ。


 店に報告した後、同伴出勤の時間を早めるように仲井さんにボトル一本で交渉したらしい。


 エリカさんは「追って沙汰を言い渡す」と店長に告げられて既に退店していた。


「店長、私からもお願いします」

 暁子さんまで処分の減免を店長に懇願した。


「おい、りおん、お前下手したらここを辞める羽目になってたかもしれないんだぞ? なんでアイツを庇うような事を言うんだ?」

 姉小路の言う事ももっともだ。


「クレアさん、そうなんだけど、あんな事があったからこのお店がとても健全で葉山店長がとても信頼のある人だって私の両親が分かってくれたの。だから私が言うのも変だけど、エリカさんにやり直すチャンスをあげて欲しいなって」


「お前は本当に世間知らずでおめでたい奴だ。この世界はさ、生馬の目を抜くような世界なんだ。そんな甘っちょろいことで……」


「甘っちょろいのはダメ?」


 暁子さんはまた姉小路をハグしてそう言った。


「ま、まあお前はそのままでいいよ。アタシが辞めるまでアタシが守ってやる」


「クレアさん!」


「ずるいぞ、りおん。そんなこと言われたらアタシがそう言うしかないじゃんか」


「えへへ、クレアさん大好き」


「それじゃあ暁子、父さんたちは先に帰っているよ。帰りは、気をつけるんだぞ」


 僕は、

「僕が責任を持ってご自宅までお送りしますから!」

 と叫んでいた。


 お母さんは、

「頼みますよ、悟さん」

 

 と言った。


 頼られている。そして初めて「悟さん」と呼んでくれた。


 些細だけど、そう実感させられるような一言だったのは確かだ。


 程なくエレベーターが到着した。


 二人がもう一度丁寧なお辞儀をしているうちにドアが閉まった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「エリカさん、心配だなー」

 

 暁子さんを送る道すがら、暁子さんはエリカさんの事を気にしていた。


「葉山店長も鬼じゃないんだから、それなりに情状酌量してくれるんじゃないかな」


「そうだと良いのだけれど」


「それはそうと、良かったですね。働き続ける事ができて」


「はい!」

 街灯に照らされて浮かび上がった笑顔の暁子さんの顔は、比喩でなくとても明るく、そして美しかった。


「悟さん」


「はい?」


「ごめんなさい。私、わがままを言って」


 僕が、暁子さんがキャバ嬢を続ける事にわだかまりを持っていない事は知っているはずだ。それでも僕に気を遣って……


 暁子さんがまた一層好きになった。

 でも、ちょっと意地悪をしてみたくなった。


「そうですね、ワガママな子には少しお仕置きが必要ですね」


「えっ?」


「これからお仕置きをしますよ」


「えっ、ちょっと」

 僕は暁子さんが戸惑うのも構わず、暁子さんを優しく抱き寄せた。


 暁子さんは咄嗟に身を硬直させたが、やがて硬直を解き、僕に腕を回して抱きしめ返してくれた。


 そして僕の胸に顔を埋めたまま言った。


「こんなお仕置きなら、毎日して下さい。悟さん」

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