夏が来た
第97話 花火大会で?
「悟、今週末の花火大会なんだがな」
定時すこし過ぎたころ、岩田電産への提案書をまとめていると、真島課長が唐突に話しかけてきた。
「もう梅雨も明けたし、そんな季節ですか」
「お前も公私共に梅雨が開けた感じだしな」
「まあそうですね。本当に皆さんには頭が上がりません」
「そうだろう?頭、上がらないよな?」
確かに岩田電産の件では阪下さんと結衣香には世話になったし、キャバ嬢廃業の件では葉山店長に助けられたから頭が上がらないのは本当の事なのだが、真島課長のこの言い方には嫌な予感しかしない。どんな無理難題を押し付けられらことやら。
「で、何の依頼ですか」
「おっ、一皮剥けた男は一味違うね! さすが悟だ!」
「言い方! 結衣香もいるんですから気をつけて下さいよ」
「悪い悪い(笑)、まあ、ちょっと提案なんだが」
「はいはい、今晩お供すればいいんですね」
「悟、お前本当に物分かりが良すぎて気持ち悪いな」
「行きたいの行きたくないの、どっちなんですか⁉」
「は、はい、行きたいです!」
真島課長に敬語使わせてしまった(笑)。少しは言い返せるようになったのはきっとここ数か月の大変だった日々のせいだと思う。
真島課長も僕が殻を破ったと感じてくれているみたいだ。
「その前に、提案書はもうほぼ完成しているので、直ぐにメールします。確認していただけますか?」
「もちろんだ。時間も節約したいから、阪下さんにも同時に送ってくれ」
真島課長は提案内容について、阪下さんは法務的観点から間違いがないかを同時にチェックする、という事だ。
「先輩、私もダブルチェックしますからメールでCCつけてください」
「あ、それは助かる。じゃあそうするよ」
「任せてくださいよ。私もこの件に少しだけど咬んでいるんですから」
結衣香も本当に成長したな、と感じさせられる毎日だ。
こうして結衣香と仕事を一緒にすると、先輩として誇らしくすら思う。
「どうしたんです? なんか嬉しそうですね」
「えっ⁈」
顔に出ていたらしい。
「そうだな。なんか結衣香がすごく立派になったなってちょっと思っていたんだ」
「ぼ、ボクをからかってるんですか⁈ や、やめてくださいよ!」
「からかってなんていないさ。本当に今回は助けられたよ。ありがとう」
「べ、別に先輩のためにやったわけじゃないんですからねっ! ボクちょっとお手洗いに行ってきます!」
結衣香は顔を真っ赤にしてオフィスから出て行ってしまった。
「お前も罪な奴だな」
「課長、どういうことですか」
「お前、本当にそういう所だぞ」
「そういう所って」
「なんかそうやって優しくして結衣香に期待持たせるようなことするから」
「ち、違いますって! 仕事は仕事ですよ。今回の件では、本当に結衣香には助けられたんですから」
「そうだな。でも気を付けてくれよ。あいつを傷つけないでやってくれ」
今日は「ノー残業デー」という有名無実化している定時で退社を推奨する日だったので課員は殆どいなかったからこのような際どい話をオフィスで出来るのではあるが、会話を他の社員に聞かれていないか辺りを見回したが大丈夫だった。
ちなみに水野の野郎は定時になるとどこかへ行くと言ってすぐに出て行ったな。
僕はメールを課長、阪下さん、結衣香の三人に送り終えて、PCからログオフして、自分のバックパックに仕舞い込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一足先に真島課長に「ここで待ってろ」と指示された居酒屋「大将」で生ビールを飲んでいると、「待たせたな」と言って真島課長と、結衣香とそして美瑠の3人がやってきた。
嫌だ。これはロクなことにならない。
「結衣香に立花さんまで。今日は何の話ですか」
「だから花火大会の話だって言っただろう? お前何を聞いていたんだ?」
「あ、ああそうでしたね。花火大会がどうしたんだろうとは思っていたんですが、社員みんなで行こう、みたいな話になったんですか?」
「尾上悟パイセン、察しが悪すぎ」
「おい美瑠、その言い方止めろって言ってるだろ」
結衣香は窘めたが、美瑠の相変わらない僕に対する酷い言葉遣いには悪意がないことはここ数か月の付き合いで理解している。
「まあ、そんなところだ。社員みんな、っていうのはちょっと違うんだがな」
「じゃあどういう志向なんですか?」
「そう焦るなって。乾杯してから話そうぜ、悟」
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