第93話 りおんちゃんのご両親、ご来店です!
「いらっしゃいませ! お待ちしておりました! 三名様ですね?」
時刻は午後8時過ぎ。
堕天使のドアを開けると、いつものようにボーイのシオンくんが出迎えてくれた。
「ええと、当店は後払いです。でも料金はりおんさんから既に頂いているんですよ」
上着の内ポケットに手を伸ばしたお父さんの様子を見て、シオンくんはそう告げた。
実際には、店長から料金は取るなと指示されていたのを知ったのは後日の話。
「りおんちゃんのご両親、ご来店でーす! さあ、こちらへどうぞ。足許が少し暗くなっているのでお気をつけくださいね」
シオンくんは如才なく接客している。
お母さんも若いイケメンに親切にされて悪い気はしていないようだ。
「中はこうなっているのね。あら、内装は思っていたよりシックね」
「ああ、私の少なすぎる知識ではもっとこう、ケバだたしい雰囲気を想像していたのだが」
この二人を感心させるなんて葉山店長の内装のプロデュース力は大したものだ。
「こちらの席にどうぞ」
シオンくんは左奥の席を案内した。
いつも真島課長がふんぞり返って座っている、あの席だ。
真島さんがいつも座っている席にお父さんが居心地悪そうに小さくなって座っている。
「店長の葉山です」
いきなり店長が現れた。
僕は反射的にお母さんの表情を見てしまった。
バツの悪そうな、申し訳なさそうななんとも言えない表情をいきなり悲壮感いっぱいにしてフロアに跪いた。
「その節は、大変失礼な事を申し上げて、申し訳ありませんでした。この通りです」
「りおんちゃんのお母様、どうかお顔を上げてください。私は気にしていませんし、今日はりおんちゃんの働く勇姿をご覧になるためにいらしたのですよね?」
「え、ええ。でも本当に失礼な事を」
「私も人の親ですから、お母様のお気持ち、よく分かりますよ」
顔を上げたお母さんは、少し涙ぐんでいた。
「お母さん、せっかく来たんだし、楽しんで行って」
そこへ暁子さんも登場した。
「暁子……」
「『暁子』じゃないわよ、お母さん(笑)、ここでは『りおん』って呼んでね」
「我が娘を違う名前で呼ぶのはなんだか気恥ずかしいな。佐知」
「ええ。でも『りおん』と呼びましょうよ。あなた。ここでは暁子は暁子であって暁子ではないのだから」
お母さんの涙も止まり、沙織さんとあすかさんとクレアがご両親の席にやって来た。
葉山店長は目を細めた。
「私は裏方ですので。これにて。どうぞごゆるりとお過ごしください」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「わー、佐知ママ、目とかりおんちゃんそっくり〜! りおんちゃんは佐知ママ譲りの美貌なんですね!」
沙織さんがひとりでお母さんを褒めちぎっている。
しつこいぐらいに。煙たがられないだろうか。
僕の心配をよそに、沙織さんは今度はお父さんにもちょっかいをかける。
「パパからは何を授かったの? りおんちゃん?」
「沙織ちゃん、お父さんと私はあまり似てないかもしれないね」
当初は少し呆気に取られていたお父さんも、会話の楽しさのようなものが理解できて来たのか、しっかりと会話に参加していた。
「暁子は、いや、りおんは私の真面目なところの血を引いたのかもな」
「そうですよねー!りおんちゃんの真面目さに、アタシ何度も何度も助けられてます」
沙織の誰に対しても分け隔てなく朗らかなところは本当に凄い。
自分を「堅物」と読んで憚らないお父さんが楽しそうに会話してるじゃないか!
今度は暁子さんも、あすかさんとお母さんを相手にガールズトーク?のような話をしていた。
実にいい感じだ。このまま時間が過ぎれば、これで暁子さんが望むだけここで働くことができる。
僕がそう気を許した刹那、地獄の扉が開いた。
「いらっしゃいませ〜!」
シオンくんが振り返って入って来た二人を見た途端、固まった。
「仲井様ご来店ですわよ⁈」
「えりかちゃん、なんで……」
その二人とは、問題客の仲井さんと、9時に仲井さんと同伴で出勤するはずのエリカさんだった。
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