第81話 対決(2)

「15%の引き下げがご要望であることは重々承知しております。このご提案は、取引をやめる前提でしているわけではございません。寧ろ御社との中長期的な関係性の深化に貢献できるものと思っています」


「尾上さん、君は言っていることとやっていることが全く違う。何が関係性の深化だ。我々の要望に対してゼロ回答なのに何故そんなことが言える⁉ 今日は常務の都賀も出席しているんだ。私に恥をかかせるつもりなのか?」

 結論を先に出すことで、相手の真の要望を引き出せるのではないか、というのは阪下さんのアイディアだった。

 関東テクノスの企業法務を担当する前は、大手の法律事務所で主に民事の裁判を担当することが多かったという阪下さんは、「損か得か」。その辺りの駆け引きに経験と自信がある。

 

 僕は吉永部長の人となりをなるべく多く阪下さんに伝えていた。


 阪下さんは吉永部長は義理堅く人情に篤い人物であると理解したようだ。


 実は阪下さんの指示で、僕はこの会議の二日前に吉永部長と阪下さんの非公式な会議を設定させられた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「お呼び立てして誠にすみません。関東テクノスの社内法務をやっています、阪下と申します」

 場所は岩田電産でも、ウチの会社でもなく、新宿東口に近いカフェだった。


「関東テクノスさんからのご提案は明後日ですが、一体全体どう云う事でしょうか。また、法務の方からのお呼び出しという事でちょっと私も身構えておりましてね」


「ええ、びっくりさせてしまいまして、済みません。が、部長と御社の両方にとって今回の提案が重要であることを先にご理解いただく必要があるという事をお伝えしたかったのです」


「営業のお二人からそのお話をいただければ良かったのでは?また事前にこうした交渉の一部を行うというのは他社に対して少しフェアではないような気がするのです」


「ええ、今回は根回しなどという性格のものではありません」


「では、どういう趣のものなのでしょう」


「当日突然に我々が法的な指摘をすることで、部長のお立場が悪くなることがないように事前に申し入れをしたいという事です」


「法的な指摘とは?」


「ずばり、下請法です」


「購買部門長である私が下請法を理解していないと?」


「いえ、そう云う事ではございませんが」


「ではどう云う事でしょう」


「弊社の資本金は三億円未満でございます」


「まさか……」


「ええ、そのまさかなのです。関東テクノスの資本金は非公開ですのでご存じなかったかもしれませんが、第四条の禁止事項には第一項五号として親事業者による『買いたたき』が存在しています。この一律15%の値引き強要は買いたたきに該当する、というのが私の見解です」


「なるほど、それを盾に値引き交渉を断る、という戦略ですかな?」


「いいえ、先ほど申し上げた通り、当日そのことを話をすることで会議の方向性が全然違うものになってしまうことを危惧しています」


「では、私にどうしろと?」


「私の役割ではありませんので提案の詳細について今話すつもりはありませんが、最初に結論としてゼロ回答をする予定です」


「仰っている意味がよくわかりません」


「吉永部長には、われわれのゼロ解答に率直に怒りを表明していただければ」


「ますます謎だ」


「その後、御社にとって必ず良い提案をしますから。ぜひ、常務のご同席をアレンジしてください。そして」


「そして?」


「万が一常務がご納得頂けないような事態の時、少し助け舟を出してもらいたいのです」


 吉永部長は少し考えを巡らせて、ハタと膝を打った。


「なるほど、面白い筋書きですね。阪下さん」


「ご理解いただけたようですね」


 百戦錬磨の法務担当の面目躍如だ。


 (尾上くんには常務が出席することは伏せておこう。相手を欺くにはまず身内からってな…)

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