第82話 対決(3)

「尾上さん、君は言っていることとやっていることが全く違う。何が関係性の深化だ。我々の要望に対してゼロ回答なのに何故そんなことが言える⁉ 今日は常務の都賀も出席しているんだ。私に恥をかかせるつもりなのか?」

 僕は吉永部長にそう言われてかなりヤバいことになった、と思った。

 田淵部長も真島課長もここでは助け舟は出してくれない。まあ、打ち合わせ通りではあるのだが、正直心細かった。


 落ち着け、落ち着け僕。

 ここからが本番だ。


「吉永部長、そう思われるのは無理からぬことですが、決して部長に恥をかかせる意図はございません。ここからが我々の提案の骨子です。」


「ふむ、では続け給え」


「ありがとうございます」

 都賀常務は相変わらず表情を変えない。


「資料の3ページをご覧ください」

 真島課長が配布してくれた資料を一斉にめくる音。


 早速吉永部長が反応した。

「これはアステラコンサルティングの需要予測だ。これなら我々も参考にさせていただいている」


「役員会でも、この資料を使って協議することもある」

 都賀常務も口を挟んだ。


「そうでしたか。弊社の提案はこの需要予測をもとにしたウエハーの市場価格変動予測を行っています。需要の高まりは市場価格が高騰し、需要の減少は逆を意味するというのが原則的な考えです」


「向こう二年間で価格が高騰するので、今の価格は下げられない。そう云う事かね」


「いえ、我々は逆に向こう二年間現行の価格を固定します」


「つまり、価格は下げないが市場価格が上がっても今の価格を固定するという訳なんだね?」


「その通りです」


「しかし、御社のウエハー仕入れコストが上がれば結局取引ができなくなるのは目に見えている」

 

 さすが吉永部長だ。市場原理を完ぺきに理解している。

「ウエハーの市場にも、先物取引があるのはご存じですか?」


「いや、それは考えたこともなかったな」


「御社からの数量のコミットが必要となりますが、弊社はウエハーを先物取引市場で指値を現行価格とします。そして現行価格を100として、二年後の価格も100で御社は買う、という疑似的な先物取引を弊社と御社の間で行う、というのが提案の骨子です」


「その場合、現在との比較での二年間の予測納入価格は何パーセント改善できる?」


「予測ではありますが、23%になります」

 岩田電産の出席者はざわついた。


「ほう、我々からの要求基準を8%も超えている。これが本当ならば悪くないんじゃないか?」

 吉永部長は論理的な考えは好きな人だ。この取引が下手な値引きより大きな利益を生むことをすぐに見抜いてくれた。


「吉永君が言う通りだ」

 また都賀常務が沈黙を破った。

 都賀常務も理解してくれた? 

 

「それでは、このご提案についてご理解いただけたという事で良いでしょうか」


「私がこんなスキームを好意的に理解したと思ったのかね?」


「い、いえ、今吉永部長を支持するようなことを仰ったのでそう思いました」


「『吉永君が言う通り』というのは、『それが本当ならば』というところだが」

 さすがに一筋縄ではいかないか。


「先ほど常務はアステラスコンサルティングの資料を役員会でも利用している、とおっしゃいました」


「アステラスコンサルティングの資料を参考にしている、とは吉永が申し上げたが」


「いずれにしても信ぴょう性が低いデータを参考にする、という事はさすがにございませんよね?」


「様々なデータソースの一つにしかすぎんよ」

 簡単に納得してもらえるとはさすがに思っていなかったが、都賀常務はいささか意固地になっているように見える。


 ここで予定通りだが、真島課長が助け舟を出してくれた。


「常務、ここはひとつ追加でご提案です。2年間で我々の描いたように、原材料であるシリコンの価格が上昇しなかった場合の補償条件を追加してはどうかと」


「だったら最初から値引きをすればいい話ではないかね?」

 都賀常務は補償条件をチラつかせても引き下がる様子はない。


 何気なく阪下さんの方を見やると、阪下さんは吉永部長に目配せをしているではないか!


(あれ、この二人、何か企んでいる…?)


 その刹那、吉永部長が口を開いた。



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