都賀常務との勝負
第80話 対決(1)
暁子さんのお父さんの引越もつつがなく終了し、後は暁子さん自身の復帰を待つばかりとなった。
僕は、この一連の騒動の最中にも都賀常務対策として田淵部長、真島課長、法務の阪下さんと、ついでに結依香も一緒に新しい納入価格と提案書をまとめていた。
できれば、暁子さんが復活する前に決着をつけておきたい。
荒唐無稽な全サプライヤー一律15%納品価格引き下げは、下請法に抵触する可能性が高いというのが阪下さんからの提案だが、これを最初から振りかざすのは妙手ではない。
寧ろ吉永部長の心証さえ悪くしかねない。
これは最後の切り札として使う事にした。
今までも岩田電産には数年をかけて大きな値引き率を実現してきた。関東テクノスの利益を削る余地はないのではないか、と思えるまでに。
配送方法など、さまざまな角度で計算をしてみたが現在の価格から15%の更なる値引きは不可能に見えた。
提案は一週間後に迫っているというのに、僕たちは方向が見出せずにいて、幾度となく開かれる会議はいつものように煮詰まっていた。
しかし今日の会議で結衣香がその停滞を破ることになるとは。
「あの、ちょっとボク公開されてるシンクタンクの半導体の需要予測調査を読んでみたんです。これなんですけど」
外資のアステラコンサルティングがまとめた需要予測調査のハードコピーだった。
「こ、これは!」
田淵部長が書類を手にした途端叫んだ。
どんな数字が田淵部長を⁉︎
「すまない。勉強が足りなくてワシには読めん」
田淵部長は英語が苦手だ。
フィリピンパブでは流暢な英語で会話をしているという噂は聞くのだが。
「この資料によれば、テキサスの大寒波、宮崎と群馬の工場火災で大減産したのが、2年後には台湾大手の日本企業買収が奏功して生産量は減産以前の水準に戻るとのことです」
「このレポートの信憑性は?」
阪下さんはビジネスマンではないが、法律家らしく情報の正確性が気になるようだった。
「アステラはこの業界にはかなりのソースを持っています」
「ではそこそこ信憑性は高いな」
「ええ」
結衣香は自信たっぷりに答えた。
「で、ボクなりに考えてみたんですけど、聞いてもらえますか?」
「ああ、今、どんなアイディアでも聞いてみたい。結衣香のアイディアなら尚更だ」
真島課長の結衣香への信頼は高い。僕も負けてられないが、結衣香の実力は今伸び盛り。僕も結衣香の提案には興味がある。
「汐留くん、どんな計画なんだね?」
「はい、田淵部長、まず…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「関東テクノスさん、今日は期待してよいですかな? 何しろ、ウエハーは我々の会社で最も収益に関係のあるマテリアルなのでね。急で申し訳ないが吉永くんに無理言って同席させてもらうことにしました。常務の都賀です。宜しく」
相手は購買部の吉永部長を筆頭に部員が四名。そこに加えて、噂の都賀常務が同席しているのには正直面食らったが、むしろ、これはチャンスなのではないか?
直接説明する事ができるのは結構デカい。
「都賀常務、むしろご同席頂けるとは光栄です」
普段、田淵部長は頼りなく見えるが客先では百戦錬磨の老兵を思い起こさせるほど頼もしく見える。
ただし、内容については僕と結衣香で説明し、真島課長がサポート、「切り札」を出す必要がある時に備えて阪下さんにも同席いただいているので殆ど張子の虎なのだが。
長く通っているが、岩田電産の役員会議室に通されたのは初めてだった。巨大なモニターがあり、椅子は革張り。調度品にも重厚感があった。
僕は深呼吸を一つして、口火を切った。
「では、時間も限られているので、早速弊社関東テクノスの今後の納入価格についてご提案申し上げます」
真島課長が話すべきでは?とも、思ったが課長は僕にこの大役を任せてくれた。
僕が説明を始めようとすると課長はハンドアウトを配り始めてくれた。
「我々の提案価格は、現在の価格の100%レベルです。つまり、価格改定なしです」
役員会議室はにわかにザワついた。
吉永部長は明らかに不満な表情に変わった。
「関東テクノスさんは、弊社との取引を終わらせたい、そう聞こえるがそういう事かね」
吉永専務の反応はもっともだ?
一方の都賀専務の表情は変わらないが、鋭い視線を僕に投げかけてきた。
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