第44話 悟のこと

 悟と出会ったのは、5年前の4対4の合コンだった。


 その時私にはカレがいたから気乗りしなかったけど、彼氏いない歴が1年になろうとしていた優羽がセットしてきた合コンに、私は数合わせで参加させられたわけ。


 相手は関東テクノスというちょっとお堅そうな半導体の会社。


 「マジマ係長」と呼ばれてたいい歳したオッサンがやたらテンション高くて、後はブサイクな男と、ブサイクな男2号と、そして初々しい感じの悟の4人だった。


 私は当時「クリスティーヌ・ニューヨーク」というコスメブランドの美容員をやっていた。優羽も同じ日本橋店の同僚。残りの2人もね。


 私、悟の若いけど落ち着いた感じと、ちょっとミステリアスな雰囲気に興味が出てしまって……本当は優羽も狙ってたみたいなんだけど、なんだかこのまま放ったらかしにしたら一生後悔するんじゃないかって思うくらい悟のことが欲しくなった。


 悟の隣に行って、悟と話しているうちに自分でもどんどん引き込まれてしまって。

 優羽には何回も、


「ねえ涼子。私が狙ってるんだから遠慮してくれない?」


 って凄まれたけど、お構いなしにアプローチかけちゃって。


 悟は全然面白い話をするわけでもなく、ずっと私の愚痴みたいな話を聞いてくれるし、どんな質問にも真剣に答えてくれたり、いままで付き合ったことのある男とは全く違ったんだ。


 バカな私は、カレがいるのを悟に言えなかった。

 

 目一杯自分を盛って、清楚そうな、純真そうな感じを出して悟を誘惑したの。


 付き合っていたカレは私よりも6歳上で、チャラい日サロ焼けしているヒモみたいな男だった。


 ホスト崩れで生活力ゼロ、

 

 でもルックスもスタイルもモデルみたいで、一緒に居ると優越感に浸れるっていうか、自分が特別な人間になったかのように錯覚できた。


 そう。

 

 私って、今もそうだけど、どうしようもない見栄っ張りだった。


 私、その合コンから悟を連れ出して二人でフケて、悟のアパートに無理やり押し掛けた。優羽から悟を完全に奪ってやった。

 

 次の日にはカレの家から荷物を全部引き払って、悟の迷惑も顧みないで住みついたの。


 私、意外と家庭的なところもあって料理はそこそこ腕はあるし、悟の身の回りの世話を甲斐甲斐しくやってあげたんだ。

 結構毎日楽しくて、どんどん悟のことが好きになっていった。


 あの頃の私は本当に幸せだった。


 でも、4か月たったころ、職場では完全にお互い無視しあっていた優羽が私のカレに悟のことをチクって、職場の通用口で待ち伏せされて、脅された。


「その尾上って奴の事、どうなっても知らねえぞ。俺のバックに誰が付いてるかわかってんのか? このアマ!」


 私はそこまで脅されたら身を引くしかなかった。


 悟はこんな見栄っ張りのろくでもない私を精いっぱい愛してくれていたのに、私が中途半端なことをしたから危険にさらしてしまったんだ。


 私は、カレの家に戻ることにして、悟には黙って悟のアパートを引き払った。


 そして嫌な女を演じて、


「ごめんね、私もう一人好きな人がいたの」


 と、一方的に関係を断ったんだ。


 カレは、その1年後、何かヘタを打ったらしく私の前から突然消えて、晴れてカレの奴隷から解放された。


 でも、私の自業自得でもう私には悟も、優羽も、誰もいなくなった。


 そして今日、あの優しかった悟が……可愛い彼女を連れて私の前に現れた。


 どうしてもあの女の子から悟を奪ってやりたい。


 私のダークサイドがいきなり出てきて、私はそれに支配されたように悟への謝罪の気持ちなどどこかへ行ってしまったの。


 でも、あの女の子、私に怯むことなくものすごく強かった。

 

 そう。私はこれで引き下がるべき。


 悟の幸せを考えれば。


 それなのに、夜になってから私は悟に電話をかけてしまったの。

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