第38話 ごめんなさい東堂さん

「あの……ウチに、きます……?」


 勇気を持って恐る恐る聞いてみた。


「えっ、そう言うつもりでは……なかったんですけど」


 そういうと、彼女は恥ずかしそうに俯いてしまい、なかなか顔を上げてくれなかった。


 ああ。

 やってしまった。僕の早とちりだ。


 何を焦っている?

 

 欲望に負けそうになって何が「ウチに来る?」だよ。


 もっと東堂さんを大切にしないとな。


「今日は金曜日ですし、映画のレイトショーとかやってないかな?」


 重たい雰囲気を破ろうと思いついたことを言ってみた。


「もし、悟さんがご迷惑でなければ……お邪魔させてもらいたいです」


 わあ!!! もう急展開過ぎて頭がついてこないよ!


 僕は日和った。


「映画……ちょっと調べてみるね」


 ぼくは上目遣いで東堂さんの表情を見ながらそう言った。


 東堂さん、泣きそうな顔をしている。

 

 やばいやばいやばい。

 

 東堂さんに恥を欠かせたのか、ぼくは。

 

 それでもぼくは検索を続け、近くのシネコンの上映スケジュールを見ると、1:05開始の「異世界の落ちこぼれに、超未来の人工知能が転生したとする~結果、オーバーテクノロジーが魔術異世界のすべてを凌駕する~」がこの近くのショッピングモールのシネコンで上映されるらしいことが分かった。


 じつはこの映画、すごく見てみたかった。


 東堂さんにこの映画でいいか聞くこともなくとにかく運転手に行き先の変更を告げて、ショッピングモールの入り口で降りた。


 思い切って言った。


「その……僕はこの恋を大事にしたい。僕から水を向けて言うのは変かもしれないけど、今晩ずっと暁子さんと一緒にいたい気持ちは同じだけど、あまり焦ったり急いだりしたくないんだ」


「悟さん、ごめんなさい。今晩悟さんを繋ぎ止めたいばかりに私……」


「いいんだ。僕はどこにも行ったりしない」


 これは精一杯の痩せ我慢だけど、本音でもある。


 僕は5年前のあの事で完全な恋愛イップスになっていたのだ。


 東堂さん、ごめんなさい。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 見ようとしている映画は、ある人工知能が生み出したアンドロイドが他の脅威になりうる人工知能を破壊し尽くしたが、本来命令を下すはずの人工知能を失った時、自らの存在に疑問を持ち始め、人工的に「脳」を作り出す事でそれを「心」と定義。

 本体は倒されたが、その心を持ったまま異世界で人間に転生し……というスペクタクルな小説を題材にした実写映画だった。

 

 映画は、VFXも巧かったし、良くここまで邦画も来たものだと感慨しきりの大当たりだった。


 僕は大満足だったけど、この映画で良かったのかな、って映画が始まる前に東堂さんに聞いたら、そっけなく一言、


「うん、大丈夫」


 と。


 無理しているんじゃないかと不安になったのだが、感動的なシーンでは涙をハンカチで拭い、ハラハラするシーンでは僕の腕に捕まったり。


 エンディングを迎える頃には満足そうな笑顔で満たされていた。



 そして映画が終わって劇場から出てくるといきなり、

 

「私、これWEB小説で読んでて、書籍化されたらすぐ買ったくらい好きなんですよ!」

 

「えっ、暁子さんってラノベとか読むの?」


「はい、結構好きですよ。いえ、読み専なんですけど」

 よ、読み専?


「そうなんだ。僕も作者のかずなしのなめさんの本、あと二冊持ってるよ」


「悟さん、ひょっとして小説書いていたりしますか?」


 ギクッ!


 書いている。


 書いてはエタり、エタっては書きの底辺作家なんだけど。


 あすかさんみたいに「私R-18ですけど書いています」みたいに言えたらどんなにいいことか。


 まさかと思うけど、東堂さん、実は小説書いてるんじゃないかな。

 照れ隠しで「読み専」っていっているけど。

 もし僕が「書いている」と言ったらきっと「実は……」なんて事にならないだろうか?


「うん、昔ちょっとね。今は仕事が忙しくて全然書けないよ」


 東堂さんの顔が、ぱぁああっと明るくなった。


「本当ですか⁉ 今度読ませてもらってもいいですか?」


「ひ、一つも完結させた小説がないんだ……ちょっと恥ずかしくて、暁子さんには読ませられないよ」


 予想は外れた。

 彼女は単なる読み専だった。

 しまった、自爆したじゃないか。


「えー、そんなの気にしませんよ」


 とにかく話題を逸らさないと。


「か、かずなしのなめ先生の他には、どんな作家さんの小説を?」


「私結構色々読んでるんですよ? ええとね、まだ書籍化してないんだけど、推しは鴨下すずりさんかな。どの話もものすごく面白いの。でもいつもだんだん書けなくなって、そのまま放置されたりしてるかな。それでも鴨下硯さん本当に面白いんだから!」


 早口だ。淀みなく推しを語る東堂さんはなんだか新鮮だった。


「ちょうどこのショッピングモールにも深夜営業しているファミレスが入っているみたいだから、そこで朝まで小説の話、しませんか?」


「う、うん。そうだね。そうしようか」


 まさかの展開で少しドギマギしてしまった。まさかまさか。

 鴨下硯とは、僕のペンネームなんだ。


 ちょっと妙なことになってきたけど、金曜日の夜に、僕は東堂さんと一緒に一晩を明かすことになってなんだかとても嬉しかった。


 僕たちは、また恋人つなぎをしてファミレスに向かった。

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