第37話 どこいこう?
これはキスするシチュエーションだよね?
東堂さんは、そっと瞳を閉じた。
神様、ありがとうございます!
こんな素敵な女性に巡り合えたことを感謝します。
僕は右手を東堂さんの腰の辺りに、右手はそっと背中の辺りに添えて身体を引き寄せた。
その時だった。
《カシャッ!》
誰もいないはずのこの広場でシャッター音が響いた。
思わず僕らは身体を咄嗟に離して辺りを見回したが、人影は見つけることができない。
「まさか……」
「えっ? どうしたんですか?」
僕は持っていたスマートフォンで、「紅葉坂公園」 「のぞき」で検索をかけると、検索結果に出るわ出るわ。
「曉子さん、僕たち、のぞき屋さんたちのターゲットになっていたみたいです」
「本当ですか?」
東堂さんは一転して泣き出しそうな顔になってしまった。
「行きましょう! 僕と曉子さんのこんなに大切な時間を、誰かに撮られたりするのはもったいないですから」
「ええ。でも」
「僕なら大丈夫です。曉子さんにちゃんと僕の気持ちを言えたし、その……」
「その、なんですか?」
「曉子さんにもちゃんとOKもらいましたから」
僕はそっと右手を差し出して、東堂さんと手をつないだ。
すると東堂さんは指と指を絡ませて「恋人つなぎ」をしてきた。
ヤバい。これだけのことなのに、嬉しくて感情が爆発しそうだ。
するといきなり、東堂さんが力が抜けたようにへたり込んでしまった。
「ど、どうしたんですか? 大丈夫?」
「あ、あの、なんかこんな風に手をつないだら、ものすごくうれしくなってしまって。ごめんなさい。力が抜けちゃったの」
東堂さんも勇気を出してくれたんだ、と思うと今まで以上に東堂さんのことが愛おしくなってしまった。
「さあ、立てますか? 何だったらおんぶしていってもいいですよ?」
さすがにそれは、という顔をしたので、右手に力を入れてぐい、と引き寄せると、ようやく東堂さんは立ち上がることができた。
僕たちは手をつないだまま、来た坂道を下って行った。
「すみませんでした、ここがそんなところだったなんて」
「いえいえ、とても素敵な夜景が見れて良かったですよ。このことは、きっと一生忘れないと思う」
「……私もですよ?」
背後で舌打ちをするような音が聞こえてきたけど、残念でした、と心の中であかんべをした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お帰りなさいませ」
タクシーの運転手が車の外に出て僕たちを迎えてくれた。
「また駅までお送りすれば?」
「いえ、もう終電はないと思うので。 あ、曉子さんのご自宅はどちらでしたっけ? お送りしますよ」
「あ、谷川通で松陰町の交差点あたりまで行ってくだされば」
「あのコンビニがある交差点かな?」
「そうです」
「それではお願いします」
「悟さん、すみません私のわがままに付き合っていただいちゃって」
「いえいえ、こんなわがままならお安い御用ですよ!」
「それならよかった」
街中に戻ったタクシーは、谷川通をゆっくりと進んでいった。
車の流れは少なく、そして街はもう眠りかけていた。
時折煌々と光るファミレスの看板や、コンビニエンスストアが完全には眠っていないことを僕たちにアピールしているかのようだった。
「ねえ、悟さん」
「はい、なんですか?」
「この後、悟さんはどうするんですか?」
これ、なんて答えればいいんですかね?
「僕はこのままこのタクシーで自宅まで帰ろうと思うけど」
「そう、ですか」
その「そう」と「ですか」の間に一拍置かれてしまうとなあ。
「もっと一緒に居ましょうか?」
僕が恐る恐るそう訊くと、東堂さん、目を輝かせている。
「でも、わたしの家、母がいますし……」
「こんな時間じゃ気の利いた店もないですしね」
東堂さん、僕はなんと言えばいいのですか?
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