第28話 獅子座に注意

「レミが?」


 レミとは隣の営業一課の事務をやっている土居レミの事だ。

 僕は部署も違うしあまり話したことはないけど、まあまあ近い存在だから情報源としては十分あり得る話だった。


「土居さんがなんでそんな事を言ったんだろう」


「結衣香お姉さまが『オフサイトミーティング』で泣きながらそう言っていたって」


 それを聞いて、なんとなく、何があったのかは理解できた。


 要するにたまたま結衣香が真島課長に僕の事で泣きながら話をしていたのを、これもたまたま居合わせた土井レミが断片的に聞いてしまったってことだろう。


「お前、レミから聞いたことを鵜吞みにして先輩を陥れようとしていたわけか。残念ながら先輩は会社からの信頼は厚いからな。人事もお前の密告なんてまともに取り合ってなかったしそもそもボクが否定したんだ。先輩を追い出すなんてことできる訳ないだろう」


「だって、だって」


「それにな、ボクは先輩に正式に今日フラれたんだ。そもそも告白もしていなかっただけどな」


 立花美瑠はその言葉に息を呑んだ。


 そして、


「じゃあいいじゃないですか。私と付き合ってくださいよ。私だけの先輩になってくださいよお!」


「なんでそうなる! (笑) 悪いけど、お前の気持ちには応えられそうもないよ」


「……」


 シュンとしてしまった立花美瑠に少し同情する気持ちが生まれた。

 

「でも! 私のことも構ってくださいよ! たまにでいいから」


「ああ。ボクもずっと今の仕事でこの会社で認められたくて突っ走ってきたからな。大学時代みたいにお前と遊んでやれなくてすまなかった」


「結衣香お姉さま……」

 

 結衣香は大学時代ラクロス部の中心選手だった。

 話によると立花美瑠はラクロス部の後輩で、プレーの事だけでなく何かと立花美瑠の事を気にかけていたらしい。

 女子大という事もあって学内には男子学生もおらず、世間知らずのお嬢様育ちという事もあって結衣香にずっと想いを寄せていたらしい。

 結衣香を追って関東テクノスに入った立花は、同期のレミから間違った情報を入力されて極端な行動に走った、という事が顛末のようだった。


「今回の件は人事にも言わないでいてやる。だからもうこんなことするなよ?」


 そう僕がいうと、


「嫌です! 尾上悟は女の敵ですから!」


 と、立花美瑠は返してきた。


「だ、だから誤解だっていってるだろう?」


「誤解じゃないです。結衣香お姉さまを振るなんて、女の敵ですよ」


 そう言って少し立花美瑠は笑った。


「先輩には、好きな人がいるんだ」


 誤解が解けて良い感じになって来たのに。結衣香、その話は別に今しなくても……


「結衣香お姉さまよりも素敵で優しい人なっていませんって。馬鹿ですか? 尾上悟は?」


 一応先輩なんだし尾上悟とか呼び捨てするなよ(怒)。


「おい美瑠、先輩を呼び捨てするな」


「ご、ごめんなさい。ずっと尾上悟って心の中で呼び捨て呪ってたから」


 どれだけ僕は恨まれてたんだろう。


「振られついでに聞きたいんですけどね。先輩のその『いい人』ってどんな人なんですか?」


 そう言えば今日の星占いは『獅子座に注意』だったな。

 結衣香は八月十日生まれの獅子座だ。


「言わないとダメ?」


「ええ、私も興味出てきました」


 もしかすると立花美瑠って……


「あのさ、立花さんは何座?」


「獅子座ですけど、何か関係あるんですか?」


 やっぱり。


「い、いやこっちの話だよ」


「なんか、キャバクラで働いてるとか課長から聞きましたけど」


 そこまで言ってるの? あの人真島課長


「会ってみたいなー。先輩。今から行きましょうよ」


「いや、嫌だよ。なんでそうなる」


「いいじゃないですか。じゃあ課長も誘いますね。それならいいでしょう?」


「よくない!」


 僕の絶叫にまた、周りの客は迷惑そうに振り向いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る