第27話 しーっ!

 僕たちがスタバに到着すると、少し長めの列が出来ていた。


「先輩、立花が来ているかどうか見てきてください」


 と急かすので、


「わかった。僕はカフェミストのトールで。金は後で返す」


 と言って店内の奥に進んで行った。


 夕方のスタバの店内は、自宅へ帰る前に一息入れてから、というようなOLや、学生と思しき若者で混雑していた。


 奥の方4人席に立花美瑠の小さな姿を見つけるのにはそう難しくはなかったが。


「待たせたかな?」


「いいえ、私も今この席に座れたばかりです」


 僕は2歩くらい下がって結衣香に手を振って「ここだ」と合図を送った。


「誰か一緒に来ているんですか?」


 いぶかしげな眼で立花美瑠は聞いた。


「汐留も一緒だ」


 何やら自信にあふれたような表情の立花美瑠は、一挙に表情を失い立ち上がって狼狽し始めた。


「ど、どうしてですか? なぜ結衣香お姉さまがあなたと?」


「ご存じとは思うが、汐留とは同じ部署で働いているんでね。今日は一緒にお茶でもして帰ろうか、って話になったんだ」


「私はあなたに用があるんです」


「汐留も君に何か言いたいことがあるみたいだけど。まあ座りなよ。話しはまだこれからだよ?」


 観念したのか立花美瑠は座って僕を大きな瞳で睨んだ。


「君が何度も僕と汐留が『付き合っている』なんていうもんだから、はっきりさせておいた方がいいかなって」


「だって、付き合っているのは本当でしょう?」


「何適当なこと言ってるんだ? それは違うよ、美瑠」


 トレーの上に二つマグカップを乗せてやってきた結衣香が割り込んできた。


 立花美瑠が自分で頼んだ期間限定のベリーフラペチーノのカップの前に、トレーを置きレモンイエローの薄手のコートを脱いで椅子の背もたれに掛けて結衣香は座った。


「先輩のガセのセクハラを垂れ込んだのはお前か? 美瑠」


 そう言えば結衣香と立花美瑠の関係はよくわからないが以前からの知り合いだという事はお互いが使う二人称の使い方で分かる。


「先輩、わ、私じゃないです。なぜそんな風に」


「ダウト!」


 結衣香の声が少し大きかったので近くの客が振り返った。


「尾上先輩がセクハラで呼び出されたことを知っているのは、当事者のボクたちと、人事、それからボクたちの上司の田淵部長、真島課長だけだよ」


 しまった、という表情の立花美瑠。


「なんで、そんな事を……」


 半分泣きそうな顔に変わった彼女は、そう言った僕に言い放った。


「あなたなんて、結衣香お姉さまとはつり合いが取れないのよ! ああやって噂が立てばあなたは会社を辞めることになって万事うまくいくと思ったのに!」


 すごい論理の超越だ。


「だ、だから僕と結衣香は付き合ってないって……」


「『結衣香』とか呼んじゃって! 本当に許せないんだけど」


「おいおい、美瑠。ボクと先輩が釣り合わないっていうのはよくわかんないけど、お前の思うとおりに先輩がいなくなったらお前どうするつもりだったんだ?」


「わ、私が結衣香お姉さまと付き合うんだから!」


 これも声が大きく、内容もなかなかの香ばしさで近くの客の耳目を集めてしまった。


 結衣香も僕も、同時に「シーッ!」と黙るように懇願するジェスチャーを立花美瑠にした。


「大学時代からずっと結衣香お姉さまに憧れてていたんだから! こんなボーっとした男のどこがいいんですか!」


 ボーっとした男とか、エラい言われようなんだけど、内容が衝撃的過ぎて上手く言葉が出ない。

 これはもしかして百合ってやつなのか?


「お前とボクが付き合うとかは置いておいて、どうしてボクと先輩が付き合っているとか思っていたんだ? まずそこから聞こうじゃないか」


「私の同期のミレイから聞いたんです。『尾上悟』と結衣香お姉さまが付き合っているって」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る