第18話 ぺちん!
『ピポーン!』
僕がかざしたSuicaの定期券は残高が最低運賃以下だったようで、無常にも駅の自動改札は入場を拒んだ。
最悪だ。カッコつけて財布を真島課長に託して出てきたのはいいけど、僕はSuicaの残高118円しか持っていない。
真島さんから何度か着信があったけど、流石に今掛け直す勇気がない。
さて、進退窮まったな。
仕方なく僕は真島さんにLINEを送った。
「財布が無いので帰れませんでした」
すぐに真島さんから返信。
「慌てものだな。1時間したら上がるから少し待てるか?」
それ以外に選択肢はないので、
「駅近くに広場があるので、そこに座ってアマプラでも見ています」
と返した。
ベンチはどこも埋まっていた。
仕方なく僕は立ちっぱなしでイヤフォンをしてアマプラで「はたらく細胞」を観始めた。
すると5分もたたないうちに、また真島さんからLINEが来た。
「今から出るって」
何? もう?
というか、その言い方間違ってない?
「出るって、ってなんか変だな」
と独りごちる。
気を遣わせてしまったかな。
真島さんには悪いことをしてしまった。
真島課長が来るまで、続きを観ることにした。
、
暫く僕はアニメに没入していた。ーー周囲の状況が分からないほどに。
「……さん!」
誰かが僕の肩を叩いて僕は現実に戻った。
「と、東堂さん⁉︎」
何故だ?
まだ東堂さんは上がりの時間ではないのでは?
ピンクのワンピースから少し地味めの私服に着替えた彼女は髪型はアレンジしたシニョンのままで、少し不釣り合いな感じもしたけど、やっぱりその、可愛かった。
「どうしたんですか? あんなに慌てて出て行くなんて」
「ごめん……なさい。 僕、昨日何か勘違いしたみたいで」
「どう言うこと?」
どう言うことって、どう言うことなんだろう。
「いや、東堂さんが僕を好きになってくれていたってことは、僕の聞き間違いか何かなんだろうなって」
ぺちん、と音がして、少しひんやりする東堂さんの両手が僕の頬を優しく挟んだ。
「どうしてそうなるんですか!」
東堂さんは頬っぺたを膨らせながらかわいく怒っている。
「えっ、勘違いじゃなかったの? じゃあ、昨日は違う人を優先したって……」
「あの、それって沙織ちゃんの事ですよ? もう。本当に慌て者さんなんですね」
そうだったんだ。
「どうしても話を聞いてほしいって、無理矢理にせがまれてしまって」
「そうだったんだ」
「私こそごめんなさい。いくら沙織ちゃんの頼みでも断れば良かった……」
「どんな話だったの?」
「えっ? いや、あの、秘密です!」
そりゃそうだ。ガールズトークの中身まで聞くなんて流石に図々しいよね。
「それで、今日は僕なんかのために早く上がったって事?」
彼女はこくんと頷いた。
ヤバい。
嬉しくて涙が出そうだ。
「本当にごめん、邪魔しちゃって」
「そのことなんですけど……」
「へっ?」
「ま、真島さんが『りおんの所定の給料が出る様に』ってマネージャーに言って」
あの、まさか?
「『今日は軍資金もあるし』って言ってました」
「あの、真島さんから僕の財布を預かってきたりしませんか?」
「い、いえ。ぐ、軍資金……なんだそうです。尾上さんの財布」
真島さんに初めて殺意を持った。
「なんでそうなる! あー!!!!」
僕が狼狽えているのを見て、東堂さんは申し訳なさそうに、
「あの、良かったら一緒に……帰りませんか?」
「どこへ?」
どう言う展開なの? これ?
「お店にですよ」
「そ、そうですよね」
財布を取り戻すためにも戻らなきゃ。誤解していたのは解けたんだし。
「じゃ、戻りましょうか」
僕は東堂さんにそう促した。
「はい!」
東堂さんの笑顔は、本当に癒されるな。
そう思っていると、東堂さんが僕の腕に自分の腕を組んできた。
細くて、柔らかくて。
「いい、ですか?」
良いですよ! 良いに決まってるじゃないですか!
僕の中から、少し近づいた結衣香の存在が、すっかり遠のいた。
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