第17話 いたたまれなくなった僕は

「いらっしゃいませ! お二人ですか? コースは何にいたしますか?」


 「堕天使」に連夜来ることになったが、僕は正直気が乗らなかった。


 結衣香の気持ちを真島課長から聞いてしまったからだ。


 そしてそれがどうでもいい事とは思えない自分がいた。


 でも、東堂さんに昨日の事、謝らないと。


「あのっ、りおんさんを指名で!」


 今日は僕が東堂さん、あ、ここではりおんさんか。とにかく彼女を指名することにした。

 真島課長は横で少しニヤついている。


「なんですか。ヨッシー先輩」


「いや、何でもねえよ」


「その割には吹き出しそうな顔してるじゃないすか!」


「俺は元々こういう顔だよ」


 僕がふくれっ面をしていると、間もなくソファに例の二人―― 沙織さんとあすかさんがやって来た。


「真島さん、尾上さん、また来てくれたんですね」

 

「ああ、今日は沙織に会いたくてな」


 真島課長、そういうことは言わないほうが。


「えー、本当ですかぁ? 本気にしちゃいますよ?」


 といいながら、沙織さんの視線は僕をがっちりロックオンしている。


「さ、沙織さんこんばんは」


「ふん! 悟さん、今日はりおんちゃん指名したって本当?」


 沙織さんがいれば、こういう事になるよね。


 あすかさんは素なのかワザとなのか分からないけど、表情一つ変えずに黙って僕らのやり取りを聞いている、


「沙織、そんなに拗ねるなよ。今日、悟がりおんを指名したのはちょっとした理由があるんだ」


「理由? どんな?」


「そうだな、悟が自分に決着を付けに来た、って感じかな?」


 真島さん、面白がって話を盛ってるだろ。


「えー、知りたい―!」


 沙織さんが駄々をこねていると、


「いらっしゃいませ。尾上さん」


 と言って、ピンク色のワンピースを着た東堂さんが僕らの座るソファにやって来た。

 今日、職場で取り乱したことが無かったことのように、まったく躊躇せず、にこやかにだ。


 これがプロ意識なのか、と感心してしまった。


 正直ノープランだ。今日職場であったことをこの場で沙織さんやあすかさんがいる前で話すことは出来ないし、どうしたらいいんだろう。


「あのっ、今日は昨日のお礼でっ!」


 俺は何を言ってるんだ。


 案の定東堂さんは困惑の表情だ。


「あの、何かお礼を言われることを私しましたか?」


「あ、いえ、僕はこのような場所は殆ど来たことが無いので、昨日は、とても楽しかった、……からです!」


「へーぇ、悟さんそうだったんだ。そう言えばうぶっぽいものね!」


 沙織さんがわが意を得たりと言う表情で言った。


「と、とにかく乾杯しましょう」


 と、東堂さんはボーイさんを呼んだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「かんぱーい!!」


 軽くグラスがぶつかる音が鳴った。


 店内はほの暗く、L字型のソファに東堂さんが僕の隣、反対の隣にあすかさん、あすかさんの隣に真島課長、沙織さんは僕から一番遠いところに座っている。


 僕に気を遣っているのか、真島課長は沙織さんとマシンガンのように話し合っている。

 内容は競馬の事みたいだった。


「あ、あの」


 また二人の台詞が重なった。


 真ん中に挟まれたあすかさんには少し悪いけど、真島課長のお蔭で僕は東堂さんと一対一で話ができる。


「尾上さんからどうぞ」


「あ、はい」


 僕は深呼吸をした。


「昨日は、携帯電話の電源が落ちていたから、りおんさん、僕に電話ができなかったんですよね?」


「う、うん、そうなんだけど、そもそも私がドタキャンしたのが悪くて」


「い、いや、それは色々あるだろうし、僕は気にしてない……です」


「でも、ごめんなさい。昨日は尾上さんよりもほかの人を優先してしまったの」


 なんですって? あの五年前から好きだったって話は…… 


 やっぱり僕には無理目の高根の花だったのか。からかわれていたんだな。


「そ、そうですよね。ははは、そりゃそうだ」


 僕、カッコ悪い。

 この場から逃げたい。


「ごめんなさい! ヨッシー先輩これっ!」


 「えっ? なに?」


 東堂さんが何か言ってるのが耳には入っていたが、僕は財布を真島先輩に預けて脱兎の如く店を飛び出した。

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