第19話 クレアさんって…
「悟、おかえりー」
すっかり上機嫌になった真島さんに迎えられて僕は『堕天使』に戻って来た。
さっき座っていたソファには、あすかさんと沙織さんはいなくて、どうやらほかのテーブルにヘルプにでているようだ。
その代わりにクレアさんという人がそこにいた。
「りおんちゃん、お疲れ様」
クレアさんがまたピンクのワンピースに着替えてフロアに戻って来た東堂さんに声を掛けた。
「ヨッシー先輩、僕の財布を人質にするなんて」
「何言ってんだよ、お前が『ヨッシー先輩、これっ!』って言って俺に託していったんじゃん」
「それは……そうなんですが」
「託したんだからどうされたって仕方ないの。まあ、お陰様で三時間目に突入したわけだけどな」
「その、すみませんでした」
「謝んなくていいよ。お蔭で楽しまさせていただいているからさ」
毒のある言葉をオブラートに包みながらフルスイングで叩きつけてくる真島さんに僕は太刀打ちもできずじっと殴られっぱなしだ。
真島さんは急に僕に顔を近づけて小声でささやく。
「それでりおんとは仲直りできたのか?」
「ま、まあ。お陰様で」
「おまえ、結衣香はどうすんだよ。それから、沙織がお前にぞっこんらしいぞ」
なんでそうなるの?
「お前ばっかりモテて、本当につまんねえ」
「と、いわれましても」
「どうなってんだよ。本当にお前が鼻水垂らしながら泣いていた五年前の姿をりおんにも沙織にも、結衣香にも、おっと、結衣香はそこにいたっけ。とにかく見せてやりたいぜ」
「ヨッシー先輩、そんなご無体な」
「大して男前でもないお前がこんなにモテるんなら俺なんて困って仕方ないはずなのに」
「何ひそひそ話をしているんですか?」
一人で勝手に憤慨している真島さんと僕に割って入って来たのは東堂さんだった。
「ああ、なんでコイツばっかりモテるんだろうねって話だよ」
「それはそうですよ。尾上さんは優しいし、熱意があるし、ルックスだっていいじゃないですか。モテないはずないわ」
「りおん、お前さあ、なんで俺がこんなに好きなのに袖にしやがって」
泣きそうな顔しながらストレートな物言いが好きだな、真島さん。
「えー、またまた私の事をからかって……って本当に言ってたんですか?」
真島さんの表情が固まった。
「りおん、まさか冗談だと思っていたのか?」
東堂さんはにこやかに答えた。
「はい、よくある戯言で、全然本気とは」
「酷ぇなあ、それじゃあオレが悟と吉永部長に今朝会いに行ってそこで俺の姿を見たって驚かないわけだよな?」
「むしろ私が取り乱したところを見せて真島さんびっくりしたんじゃないですか?」
あ、その話。聞きたかったんだよ。聞かなきゃ。
「な、なんであんなに憔悴していたの?」
「私やっぱりちょっと仕事とここでのアルバイトとのバランスが取れなくなってきていて、今朝は起きたら完全に寝坊しちゃていて」
「じ、じゃあ僕からの電話に出なかったのは……」
「はい、寝てました」
なんとも締まらない結末だったけど、東堂さんは通常運転だったって事が分かって正直ほっとした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「今日もありがとうございました! 真島さん、また来てくださいね」
楽しい時間は過ぎて東堂さんとクレアさんが今日はエレベーターで地上階まで降りて見送ってくれた。
財布は回収したけど、昨日今日でかれこれ六万円使った計算だ。
そんな事を考えていると、東堂さんが僕に話しかけた。
「あの、悟、さんって呼んでもいいですか?」
「呼びやすい方でいいですよ」
やった、と彼女は軽く右の拳を握って手前に引き寄せてガッツポーズ。その仕草がやけにかわいい。
そして、耳元でささやいた。
「今日このままお別れするのはさびしいから、後で電話しても、いいですか?」
僕は小躍りしたくなったけど、真島さんに気がつかれない様に
「うん」
と答えた。
「あの、違ってたらごめんね、悟さんって『野沢東中』?」
と、いきなりクレアさん。
クレアさんはヒールを履いていて結構背が高く、ストレートの明るい髪だが、明るいところで見ると僕の知っている人だった。
「えっ、クレアさんってまさか……あ、姉小路なの?」
「そうよ、尾上悟くん。お久しぶりね、姉小路雪子を覚えていてくれて光栄だわ」
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